そろそろ時間だ。とライナスが心を軽くしたとき彼は気付いてうんざりした。うそだろ、とぼやきたいのを堪えて手を伸ばす。

「キツいのか?」
「かるめ」

 刺激を与えてはまずいか、と到って伸ばした手を引っ込めるものの、彼女をこのままにもできない。努めて平静を装っているは目を合わせない。自分のことで精一杯なのもあるのだろう。

「…なんでライナスは、へーきなのさ」

 は持参していたらしい水を飲んで訊ねる。バカらしいことこの上ない。組織の特性上、多様な薬に対する耐性は身に付けているものだ。それに体の大きさと薬の量を考えれば、効き方に違いがあらわれるのも当たり前の話に違いない。
 という説明をライナスが丁寧にしてやったのは、新しく彼が受け入れた状況に耐えられないからだ。面倒だと思っているのは確かだが、その場にとどまっていた本来の理由を思い出すと、そうも言ってられない。

「運びかたー」
「部屋に連れていってもらえるだけ感謝しろよ」

 落とすぞ、と言えば軽い謝罪が背後から聞こえる。両腕で抱えあげられないほど非力ではないが、そこまで優しくしてやる謂われはなく、肩に担いで運ぶ雑なことをしたとしても最大限の優しさだと思っている。
 誰かに会いはしないかと心配にもなったが、同室の人間は温泉に行くメンバーに含まれているという。洞窟――ここではダンジョンと言っていたか、その最深部にあるというから、時間はかかるだろう。その通りに、部屋に入っても他者の気配はない。自分の部屋と変わらない作りをしていて、少しだけある私物が持ち主を判別する唯一のものだが、考えるまでもなくが「みぎー」と抜けた声で言うから、ライナスは入って右側のベッドへを放った。

「ひどい。ほんと、雑だ」
「靴まで人に脱がさせて何言ってんだ」
「うっそ!そりゃ私が悪人だね!」

 あらごめん。とやはり実の伴わない謝罪があって、は気だるげに体を起こす。そして、ライナスが摘まんでいた靴紐を取り戻すも「なんでかた結びになったの」とぼやき手間取る彼女を見ていると、ひどくライナスはモヤモヤした気分になる。普段から特別どんくさいわけではない、クスリによる副作用なのは分かっている。なんだって自分が女の靴を脱がせてやらなければならないのか。義理の妹にもしたことはない、はずだ。

「おら。大人しく寝てろ」

 動きやすいようにスリットの入った服は女性剣士特有のものだ。とはいえ彼女は珍しく膝よりも短い丈の下衣を身に付けていて、特に目のやり場に困ることにはならないのは救いだ。良くも悪くも平均的な体つきのにそうそう欲情することはない。

「添い寝してくれたら寝れる」
「俺がお前と?恋人でもねぇのに?」

 笑わずにはいられない。

「誘うんならもっと色気出せよ」
「色気、ねえ。あー、うーん、じゃあする?」
「…………は?」
「誠実さに訴えてみた」
「うそつけ」

 あまりに下らないやり取りだ。「ウソじゃないのに」とごちるがどの口が言うのか。
 ライナスは正直なところ迷っていた。女と寝るのは嫌いではない。が、この目の前の、自分のことをよく知る女と関係を持つとなると簡単に事が済みそうにない。考えすぎとしても、簡単に腑に落ちるということはない。特定の誰かと彼女が懇意にしている様子はないのだが――。

「そう。うそです。運んでくれてありがとね」

 にこり、と笑っているのにの瞳はどこか熱を含んでいる。おどけてみせながら、クスリの効果は確かに体を蝕んでいるのだろう。
 世話のやける奴だ、とライナスは自身の心にそれ以上の追及はしない。やめた。

「熱を引かせるだけだからな」

 肩を掴んで押し倒せば、素っ頓狂な色気を含んだものからだいぶ外れた声が上がる。そうしたところはブレておらず、気が楽だ。色気など期待せず――そう、これは人助けだ。

 がぶ、と首に噛みつく。キスする気分にはならない。ライナスなりの線引きであったかもしれない。痛みにはほど遠い甘噛みにも関わらず、の体が奮える。瞬間的に熱が上がったらしく、女の匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。そうしたのが自分だというだけで少し気分がよくなる己は単純だ。
 服越しに胸をわし掴むと、鼻から抜けるような声が漏れ出るのを耳元で聞いた。服を脱がすのが面倒だ。かといって破くわけにもいかない。下肢に手を伸ばすとが膝を閉じる。少し甘噛んでいるそこに力をいれると力がゆるんだ。丈の短いズボンの上から性器に触れ、数度撫でるだけで指先に湿っぽさを感じる。強く効いてはいないという申告は嘘だったらしい。

「しり」

 端的すぎる言葉だとは解っている。悪態をつくでもなく言葉の意を受け取り、が尻を持ち上げるのを見て、ライナスは指先に下着を引っ掻け取り払う。つ、と糸が引いていたのは見間違いではない。直ぐに突き立てても問題がないほど、の陰部はひくつき、ライナスのものを待ちわびていた。
 前戯らしいことをなにもしていない。それもこれもクスリの“せい”なのか“おかげ”なのか。ライナスもまた無自覚のクスリの作用があったのを思い知らされる。短い時間で既に天辺を向く自身の陰茎を、前を寛げたその時に嫌でも視覚的に認識せざるを得なかった。

「痛かったら言えよ」

 返事を待たずに指を膣内へ突き立てると、「ふぁ、っ!」痛みにはほど遠い声を上げ、シーツを握る。引き抜いても悲鳴がないのが答えで、ライナスは手を添え、の中へ雄を突き立てる。喉をのけ反らせ、更にきつくシーツを握り締めた彼女は呆気なく達した。

「すげぇ効果だな」
「あ、ァ……、まっ、!」

 視界がちらついている。刺激が余りに大きく自身何が起きたか分からないでいるにも関わらず、ライナスはお構いなしと言わんばかりに腰を緩く押し付ける。子宮の入口を軽く突くような緩い律動が、一向に刺激の波を引かせないものだから益々はどうしていいのか分からなくなる。その快感は確かに期待していたもので、体が悦んでいるのは解っているのだが、それを飲み干すには大きすぎる悦楽が体の奥底から溢れるのだ。

「あ、あァ!……ッ、ァん!」

 ゆさゆさと揺さぶられる度に、体のどこかが蕩けるような感覚だ。絶え間ない刺激に頭が痺れるのは飽和し始めたのかもしれない。指先からきっと蕩けはじめている。それは微睡みのようでもあった。

「ほら、足絡めろよ。こっちも気持ちよくなるから」

 根元まで埋めたままでライナスが要求する事への意味を分かりかねていると、不意にぐり、と結合部の上にある小さな突起を指の腹で押し潰される。「な?」と促されて従えば、その大きな体が覆い被さるというぴったりな表現よろしく、の上半身を大柄な体躯の下にしまいこむ。
 恥骨をくっつけたまま、ゆらゆらと揺られると充血した花芽がぐりぐりと押さえつけられ、むず痒い。「悪くねぇだろ」と少しばかり乱れた吐息と一緒に耳元でそんな言葉を吐くのだ。

 勘違いしてしまいそうになる。

「ん、んんっ!はぅ……っ、きもち、い……ッん!」

 これは彼の人助けだ。ただ甘えていれば良い。だから今の感覚を伝えると唐突に抜かれた。なにか間違ってしまったかと、抜けたと同時に軽くなる体とヒヤリとした空気が間に入るのを寂しく感じて見上げる。

「わり、出そうだった。待ってくれ」

 はぁ、と息を吐きながらライナスは最大限に硬くなっている陰茎をぎゅっと握っている。

「やべー。久しぶり過ぎてムリかもな」
「出す?するよ?」
「い、いーって。俺も出すからお前も我慢すんな」

 ずぶん、とライナスは再び挿入を果たすと、頼りない腰を掴む。細いそれに少しばかりの不安を覚えるも、ぐにゃりと蠢く膣壁が急かすから腰を打ちつける。その衝動での胸が揺れるのが服越しであっても分かる。体を揺さぶられ、甘い声と乱れた吐息の合間に途切れ途切れに名を呼ばれると、体へ直接的な刺激を与えないはずのそれが、ぞくぞくと体を奮わせた。腰を掴んでいた手にが手を置く。行為の一環だとしても“手”へ触れてきたことが、なぜか妙に可愛らしくも感じてライナスは自分でも思いの外、その行動に答えて指先だけ絡める。今の彼にはこれが精一杯なのだ。

「んッ、あっ、あんっやぁっ、ああっ……!」

 抉られるような力強い律動に翻弄されて、の口からはひっきりなしに声が漏れ出す。同室者の帰りが遅いのは確定としても、隣室の人間がいないとは限らないのだがもうそんな余裕など彼女にはなかった。
 きつく詰まり苦しさすらあるはずが、いざ離れていくと強くそれを収縮して阻み、どちらにも強い快感を与えて益々離れがたくする。腰が浮きそうになるのを、ライナスが押さえ尚もそのまま何度も腰を打ち付けた時、は唐突に喉を詰めたように息を止めた。一拍ほどで呼吸を再開するものの、人形のように揺すぶられ、びくんと思い出したように体を奮わせる。ぎゅう、と縮む膣内から逃げ出して浅く浮き沈む腹部に、ライナスが遅れて熱い劣情を吐き出した。




「――ぃ、おい。。俺、行くぞ?」

 頬をぺちぺちと叩かれて、は慌てて意識を現へ戻し、体を起こした。胸元には多少の乱れがあって、もちろん下は穿いていない。シーツがあるから問題はないが、先程吐精されたものはとシーツをめくると綺麗になっている。「律儀なやつ」と思って足元へ視線をやると衣服を正したライナスと目が合った。

「あ?」
「もう少し甘えたい」
「なんでだよ」
「ついで」

 ああ、もう少し可愛いげのある言い方もあったのに。とは言ってから後悔する。慌てて言い換えても取り繕っているようにしか見えないか、とだんまりになって気まずい。
 彼の“人助け”は終わったのだ。それで満足すべきだ。とは解っていても、随所にズルく優しさを表すのがにくらしくもある。

「な、んだよ?……ばか、近ぇんだよ」

 四つん這いになって顔を覗き込めば、ライナスは嫌そうに顔をしかめた。

「もう少しだけ」

 心地の悪い沈黙は長かったのか、短かったのか。はぁ、と参ったような吐息を漏らしたのはライナスだ。履こうとしていた靴を放って壁際で手を頭の後ろで組んで寝転ぶ。「狭ぇ」と不満を口にして目は閉じていた。

「添い寝だろ。寝たら行くからな」

 一切目をあけることもせずぶっきらぼうな物言いではあった。が、こういうところだ。“面倒見が良い”の範疇を超えているこの出来事は見ようによっては小狡く図っているとでも思われたかもしれない。自分の行動の浅はかさが彼を愚弄している、と思い至らないわけではない――それでも「早くしろ」と痺れを切らして伸びた手が自分を捕まえてくると、そんな殊勝な考えは呆気なく四散したのだった。



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