「あ、」
そう声が出たときにはもう手を掴まれていて、完全に油断していたはといえば、呆気なく拠点内の倉庫に連れ込まれていた。
「……あぶないんですけど。クロード」
「いや〜、ちょうど会いたいと思ってたところに通りかかるんだ。連れ込まない理由がないだろ?」
「う、うん?」
わかるようでわからないような理由を口にされて、は首を傾げる。そして、じ、とクロードを見る。飄々とした態度は相変わらずのようにも思えるが、何となく疲れているようにも見える。それはきっと彼がエクラに戦術指南を請われていて、ここ数日は特に熱心に指導していたことにあるのかもしれない。それでも彼だけが指南役というわけではないらしく、他にも適性のある英雄たちは、手が空く時間を見計らってはエクラの指南役を買って出ている。というのを聞いたような記憶がある。
「んで、エクラくんは?」
「ああ。この後にね」
クロードは苦く笑って外を指差す。おそらく約束の時間まで間もないのだろう。だからなのか、彼は済まなさそうな顔をしながらも、「ちょいと失礼」と言いながらを抱き寄せる。そして彼女の素っ頓狂な声はすでに彼の口内に吸い込まれている。彼の言う“失礼”には抱擁以外のものも含まれているようだった。
「く、クロード!? …っん」
寸分の隙間もなく、互いの体が密着する。扉一つ隔てた向こう側は、まだ、日が高いからか人の気配がたくさんあった。それでもクロードの抱き込むような口付けは止まらない。僅かに離れる合間に抗議をしても、すぐに塞がれてしまう。どうあがいても離してはくれないようで、はついに諦める。するとそれを感じ取ったのか、抵抗の言葉を奪うほどに激しかったそれはなりを潜めて、穏やかなものに変じていった。
「クロード」
いまいち彼の真意が分からないでいるは、説明を求めて、なんとか合間を見つけて名前を呼ぶ。すると、実にあっけらかんとして彼は言うのだ。
「本当は全然足りないんだが、如何せん時間がない」
こつ、と額をぶつけてくるのは彼の甘え方の一つだ。弱みを見せることを嫌う彼には随分と珍しい。たしかに人目を盗んだ場所ではあるが、施錠された空間ではない。ここは、誰もが足を踏み入れることができる倉庫なのだ。いつ、外とをつなぐ扉が開いたとしても不思議ではない。
そうしたことが分からないはずはない。それでも、そうした態度を取るのだからよほどなのか、と心配になってくる。
「わたしには何をしてほしいのかな?」
「あー、非常に頼みづらいんたが」
「こんなところに連れ込んで、今さら何言ってんだか」
「じゃあ、夜に俺の部屋に来て」
ああ、とは腑に落ちた。そうだ。たしかに最近はそういう触れ合いがなかった。
「ははぁん? クロードくん?」
野心家な彼は、良くも悪くもこだわりを深く追求するきらいがある。その夢中期間は割と外部の人間は蚊帳の外に置かれることも少なくない。も幾度かそうした扱いを受けたことがある。それでも不満に思ったことがないのは、彼女がそう思い始めるよりも先にクロードが我に返って行動に移すからなのだろう。依存関係でないのも大きい。
クロードの意を解したは意地の悪い笑みを浮かべながら、バツの悪そうに歪んだ顔を覗きこむ。ふい、とそっぽを向いて意味のない誤魔化しに興じ始めるものだから、やはり楽しさはそのままに指先でこちらを向かせる。
「自分勝手なことを言ってるのはよーく分かってるよ」
ぶっきら棒な物言いに反して、クロードの耳はわずかに赤い。冷静さを取り戻して、クロードは自分の行いを恥じているのだろう。
「はー、あんたの前だと格好悪くて駄目だな」
「そう? 役得だけど」
「……本気で言ってるのか? 普通はそこで平手打ちの一つが……っと、ぉ?!」
余計なことは言わないに越したことはない。慌ててクロードは口をつぐむ。と、の冷たい両手が顔をぐいと掴み寄せたかと思うと、強引な口付けが始まった。自身が先程そうしたものと大差はない。押しどけようとは思わないが、なんとなく両手を上げて降参の体をとったまま受け入れる。人目がないことが彼女を動かしたのか、自分と同じくすぶる欲を抱いているのを知れたのは悪くない。
「恋しくなるのが自分だけだと思わないでよね」