は自分が今陥っている状況を理解することができなかった。
「どういう風の吹き回しなんだか……」
「ヒュプノスに言われたのでな」
「わたしを膝に乗せろって? 絶対言ってないと思う」
「いま、俺の気分は良い」
「そんなことは聞いてません」
タナトスがに積極的に触れるのは珍しいことだ。もちろん、目的は交合のそれだ。が、そうした時以外の彼はあまりに構うことはない。会話も対話の体はあまり成しておらず、一方的に伝えて彼女の意は必要ない。
「喚んでおいてあまりに放っておくとお前が拗ねると言い出してな」
「拗ねるって……」
「ヒュプノスをよく拐かしたものだ」
「なんて人聞きの悪い」
が手持ち無沙汰な間、相手をしてくれるのはヒュプノスだ。早く聖域に帰りたく思っても、喚び出した者が目的を果たさないとかえしてはくれない。聖域での仕事も滞ることに、時々愚痴を吐いたかもしれない。
割とまともに会話ができる相手だとは思っていたのだが、彼に対する認識を改めたほうが良いかもしれない。
「それで、タナトスはわたしが拗ねないようにこのあとは何してくれんの?」
「お前の機嫌など俺には関係ないが、まあ良いだろう」
たしかに言葉通り、タナトスの機嫌は良いらしい。
いつものように顎を掴まれるが、いつもよりは力がこもっていない。抵抗してみせないからかもしれないが、痛くないのは良いことだ。
「あいかわらず口付けの作法がなっていないぞ」
「………………」
今日はこのまま直ぐに事に及ぶのか。と理解しては緩やかに瞼を落とす。
瞳を閉じて視界が暗く染まるのと同時に、ふわりと薄い唇が押し付けられた。特別な意識は必要ない。次に起こることは分かっていて、自然と身を委ねる。何を拠り所にしたらいいのか迷っていた手を取られて、腕を回すように促される。
触れることを許されて、は大人しく従う。
彼の神は傍若無人だ。
自分の行為は下位の者に等しく褒美か何かだと思っている。
「タ、ナトス……っ」
こうした行為がタナトスはもともと好きなのだろう。手慣れている気もする。気持ち良くさせるのも巧い。
たかだかキス一つだというのに、行為の火種をたやすく植え付けるのだ。
「舌を出せ。吸ってやる」
口内で逃げまわるそれに焦れたのか、タナトスはの背を押さえつけて言う。ぐ、と背に力が加えられるのを感じると、下手に抗えばこの短気な神はすぐさま機嫌を損ねるのだとすぐ解る。
おず、と差し出した瞬間に絡め取られて、強く吸われる。
タナトスの自分本位な口付けが終わる頃には、いつもは抵抗の意をむしり取られている。
息苦しさの解放と、離れていく気配に気怠く目をあける。無防備なまま開いていた口を閉じて、ぺろりと唇を舐めると、銀の神は満足そうに口角を上げていた。
「物欲しそうな顔だ」
そういう気分にさせているのは誰だ、とは潤んだ瞳で訴える。このあっても知れた程度の反抗心は、タナトスを心地良くくすぐる。
何を言っても無駄なのは分かっている。
じとりと銀の瞳を睨んだが、体の力を抜いて後ろへ倒れ込む。広いカウチに寝転んでもあり余る余裕がある。
からの合図に満足したのであろうタナトスは、彼女の体を支えながら引き寄せられるままに倒れ込んだのだった。