「ライナス。帰んなくていいの?」
そう声をかけると、ライナスは苦虫を潰したように顔を顰めた。
がそれまで世話になっていた黒い牙のアジトを出て半年は経つ頃だろうか。彼女の生活が基盤に乗り始めて初めて、そして久しぶりの再会だった。偶然か必然か、分りはしないが滞在先で馴染み深い顔に出くわしたのがニ時間ほど前だった。
積もる話というのは互いにあって、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。食事の最中に次の予定も訊ねていて、こうしてが現在借りている部屋に送ったあと、彼はアジトへ帰る。そういう予定だった。
「ライナス?」
扉の前に大柄な男が突っ立っているというのは、言うまでもなく目立つ。名前を呼んでも心ここにあらずだ。「ねぇ」と声をかけて、ライナスと目が合う。まずいと思っても遅い。部屋に招き入れるのに躊躇いがあるわけではなかったが、完全に不意をつかれてしまった。
自分の家なのに連れ込まれた、という表現が正しいものなのか分からない。パタンとドアの閉まる音をどこか冷静な頭が認識する一方で、唇への違和感が同時に襲う。
「んんっ!?」
後ろに倒れそうでそうならない。太い腕が絡むように巻きついていて、支えている。それでも性急な求めに体が本能的に抗おうとして力が入る。押しどけることはできないにしろ、むき出しの腕をなりの全力でつかむ。が、いかんせんライナスの腕は太く固い。びくともしないのは当たり前で、それは分かっている。「ライナス」と、名前を呼んで諌めようとしても、言葉を食らうような口付けで話を聞くつもりはないらしい。
「あ、悪ぃ」
久しぶりだったからなのか、ライナスの苛烈さに中てられてはくたりと脱力する。そこで漸くライナスも正気を取り戻して、バツの悪い謝罪を言葉にするのだ。
はぁ、とようやく自分主導の呼吸と為って落ち着く。けれどもこの堅牢な腕は離れていかない。
「なんでそんなあっさりしてんだよ」
「いや、頑張って押し込んでるというか、なんというか……」
「へぇ? じゃあ問題ねぇな」
ライナスの口角がつりあがる。企んでいる顔だ。
「そういう理由で……いいの?」
「良いんじゃねぇか? ま、夜中だろうが帰れば兄貴は文句言わねぇよ」
そういう問題だろうか? の頭の中には呆れ顔のロイドが映し出されている。彼が発するであろうチクリとした言葉も容易く想像できる。あれこれと口うるさく言うタイプではないが、言いたいことはきっとあるだろう。それを分かっていて当のライナスに帰れと言えないのだから、自分も彼に大概甘えてしまっている。
いつもと変わらない。と覚悟を決めても楽しければそれだけ強い反動があった。弾む会話が、一緒に暮らしていた日々を色濃く思い出させている。帰る最中の薄暗い道が分かりやすい自分の寂しさを表しているとも思って、自分とは違うライナスの分かりやすい態度にそれとなく寄りかかって小狡く思い通りに事を運んでいる。
この苦しさすら覚える抱擁も緩んでしまえば、寂しさを運んでくる。
「ほら、目ぇつぶれ」
言い終えるのと同時に、ライナスは行動に移す。
後戻りする気のない、欲にまみれたそれが口内にあっという間に侵入してきてはに熱を加えていく。ほんの一瞬、互いの呼吸のために離れただけで飢えのような堪らなさがある。短くとも長くともつらいそれに耐えられるわけがない。
惜しいと感じる名残に向かってバカ正直に手をのばすのだ。