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虚誕のない倖せへゼロ/FEH 19.07.04
「返して」
ずい、とは利き手を男に差し出した。男は鼻で笑う。言うこと聞く気がないのは明白で、端から上手くいくとは思っていないとしても腹立たしいことこの上ない。
「何がそんなに大事なのか、よく分からないね」
たかだかアクセサリーじゃないか。と男は付け加えて、あろうことかそれを舐める。ざわ、と肌が粟立ち、喉が渇く。「やめて」の言葉は掠れていて意味を成していなかったかもしれない。“彼ら”への申し訳なさが溢れる。落とさなければ、この男の手に渡ることは無かったのに。「返して」と再び語気を強めるが、男は肩をすくめるにとどまった。
「それ、形見だから困る」
「へぇ?それは同情するが、俺は俺のために行動したいね」
「……たとえば?」
「そうだな……」
にとって男に拾われた失せものは弱味のひとつだ。冗談であっても要らないとは言えないほどの思い入れがあって、それはこれからも変わらない。癪に障れども、取り返すためなら命を張るまでの無理は出来る。
男の値踏みするかのような不躾な視線は今に始まったことではない。口角をうっすらと吊り上げては思案している、フリだろうか。
隻眼と目が合う。相変わらず値踏みするかのようなそれに慣れない。
「ソレのためにどこまでデキる?」
試しているのだろう。それはよく分かっているし、“やっぱり”との思いもある。先程から全く表情の変わらない男の真意は知りたくはないが、色々な人間と出会っている分、この男がどういった部類かは分かってしまう。
「ほら、早く決めないと大事なもんが……」
耳の形に合わせるそれを潰そうとしている姿に、声よりも感情よりも先に体が動いている。
「なんだ。簡単に捕まえられるんだな」
がっかりだ、と揶揄を多分に含んだ声色が耳元でする。けれどもそれはにはどうでも良いことだ。取り返すことさえ出来れば良い。返せ、と爪先立ちをしても頭ひとつ分は高い男の、彼の頭上よりも高い位置に留めた手を捕まえることの方が彼女には大事なのだ。腰に巻き付く長い腕があるなら、そこに力をかけてでも、足を踏んでも、少しでも高さを得て取り戻すことの方が大事だった。
「絶対あんた、俺を煽ってるだろ」
「なんでっ?あ!こら、返せってば!」
「ニオイがイイ」
「ひぃ!へんたい!!」
すん、と首元に顔を寄せて言葉通りに匂いの正体を探ろうとするが、は香水はおろか香木すらも焚いてはいない。だから彼女からしてみれば、それは男の戯れ言か何かでしかない。ぐぅと唸ってしまうほど力を入れられてしまうと尚更だ。男は片腕だけだというのにを抱き上げているし、更には普段とかわりない速度で歩いてみせる。それから部屋のベッドに腰かけた。
「俺に食われたら返してやる。で、どうだ?」
「ちょっと意味が分かんないです」
「分かった」
なにが、と返すよりも先に耳に触れられて、呆気に取られている間に探していた物は返ってきている。器用にも痛くないように耳殻にはめてくるのだから、その意外さに驚くのも無理はない。
「交渉成立だ」
「は?」
「返してやったぞ」
「承諾してません」
「礼もないとは詰まらん女だ」
「見返りを求めるあんたが言うな」
返したぞ、としつこく言う男は次に両腕で、放っておけば必ず逃げ出したに違いない体を抱き締める。間抜けにもまだ呆けているの体は触り心地が良いものだ。力がこもる。
「」
「…なに」
続く言葉はなかった。体をまさぐり始める手がすべてを物語っている。シャツの裾を見つけるや裸体を触れようとすぐさま浸入を果たし、大きな手はの二つの乳房を捉えた。
「……っ!なにし、てっ、ぁ!」
指が食い込むほどに力を込める。生々しい感触にが身を捩れば、一転して指先が柔肌を撫で、突起を掠めた。見つけたといわんばかりにくにくにと摘まむ。びくりと震えて仰け反る顔に、頬に、わざとらしく音をたてて男は口付けた。
「長く使っている名前は、ゼロ、だ」
「ん、……っ?」
「ゼロだ」
男――ゼロは、耳元でしつこく名を告げる。今まで名前を聞いてもはぐらかしていた男がどういうつもりなのか。刺激に尖る部位を捏ねるその手は止むことはない。名を呼ばれない苛立ちに指先に力がこもればは小さな悲鳴を上げ、眉根をしかめた。
「ぁ、あ……っ、ぃッ!」
痛い!と声を上げてもゼロにやめるつもりなど毛頭ない。弄る手に拒否が乗っても歴然とした力の差が彼に味方をする。自在に形を変える乳房の柔らかさを、弾力を、肌触りを楽しめばたちまち彼の中の雄は素直な反応を表して、の臀部へ伝えた。いつものからかいと違うのは、彼女も気付いてはいる。だから身を捩り、ゼロの膝の上から逃げ出そうと試みるのだが、大きく足を開かされて床から浮いた状態というのは割に力が入らないのだと初めて知る。
緊張に上下する腹部をするりと撫で、ゼロの手は下腹部へ降りる。服越しに秘部へ触れるとは縋るように自身の腕をゼロのいまだ胸を弄る方の腕へ絡めた。
「素直に反応シてるくせに、やめてもイイのか?ほら濡れてきた」
それは生理現象だ。刺激を与えられれば体は本能に則って反応を返す。しかし尚、悔しいのはその反応は少なからずの情に因って大きく変化を見せることだ。無理強いの体を確かに取っているだろう。だがやはり形だけのものだと、本人がそうした行為が嫌いではないのを、彼はおそらく解っている。また同時に問題が起こっても意に介さない破壊願望をゼロ本人が備えているのもあるだろう。彼はこの地に愛着は無い。同僚が共に召喚されていたとしてもだ。
「あんただって俺と同じだ。違うか?」
それは丸め込むような、自分のそれは決して的外れではないと、自分に言い聞かせてすらいる。遊びの一環のように秘部に触れていたかと思えば、両膝裏を抱えてベッドへ改めて押し倒した。否定の言葉よりも何よりも自身のマントを脱ぎ捨て、緩い上衣をも脱ぐ。と同時に、体を硬直させるに対しては、裸体を剥き出させた。そうするともう事を為すのは簡単だった。
「ゼ、ロ……ッ」
漸く呼ばれた名に、年甲斐もなく悦びをおぼえる。と、ゼロのいきり立つ雄がの密壺に宛がわれ、二度三度と先端が撫で、一気に最奥に突き立った。生娘ではないがは声を上げる。久しぶりの熱量が楔のようで、その後の愉悦を思い出させるからか体が奮える。刺激による涙は、上気した頬と合わさり、ゼロの陵辱欲を刺激する。
「期待シてただろ?ナカがとんでもないな」
「ば、っあ!……ンんっ!」
緩く始まる律動は、の臀部に陰嚢を押し当てたまま、ただ子宮口を柔く突く。痛みと快楽が混在しているのに、体が馴染むにつれその比率は変化していく。艶やかな喘ぎ声が証拠だ。
「あ…んン、ァ、あぅ……っ!待っ、て……!」
普段の彼を知るなら考えられない。が思わず発した制止の声に耳を傾けるなど。「どうした」とわざとらしく声をかけるゼロは、やはりが顔を歪めるのを知って上体を屈めて顔を近づける。それも、肩へ足を置かせているせいで繋がりが深くなるのを承知の上でだ。
「く、ぅ……ン!」
隙間なく埋もれる陰茎がぴくんと動いて大きさを増す。これは意図して出来るものなのか分からないが、非常にを煽って言葉を奪った。
「んぅ、ん……ッ」
焦らすように唇を舐めるゼロの舌の動きは蛇のようで、逃げようとしても上から体重を掛けられていてそれも出来ない。ただ嬲られているだけのようで、ひどく下に見られているような気さえしてくるのだが、「」と普段とかけ離れた柔和な声に蕩けた相貌が答える。ふ、と笑うゼロの顔は穏やかで、そういう顔も出来るのかと、その顔は悪くない、とは言ってやらない。鼻から抜ける息が全身の緊張をも解いて、ただただはゼロの筋の張る腕に手を添える。おや、と眉がつり上がれば察したのだろう。
大きく、抜ける直前まで引き抜き、穿つとは正しいその勢いで膣内を挿す。勢いと自身の体重を使い、重いと唸るに構いはしない。彼女が求めているのだから――。
「ア、っく、ぁ……は、アァ!」
強く擦れる度に結合部から溢れる厭らしい音は行為の継続を囃し立てた。全身が汗ばんでいるはずなのに、明確な熱さは顔に在って、息が苦しい。空気を求めようものなら呆気なくゼロが塞ぐ。容赦のない抽挿に腰回りが痺れ始めた。その感覚をどうにかしようと少しだ、ほんの少し腰を動かした時だ。自身が戸惑い、為す術も分からず体温の移ったシーツを握りしめることしか出来なかった。止めようのない痙攣が勝手に下半身を支配している。するとすぐさまゼロはの膝を抱きかかえ、それ以上ないほどに腰を押し当て制止した。隻眼は閉じられ、褐色の裸体には、飄々として全てをいなす彼に似つかわしくない汗が所々流れ落ちていた。じんわりと熱い。今度は顔ではない。お腹だ。それも中た。漸くは自分達は達したのだと理解して、同時に顔を顰めた。顰めざるをえなかった。
膝を下ろされたことで、身を捩るが、抜くつもりがないらしい。少し萎えた陰茎は無遠慮に膣内にとどまっている。
「ほんっと信じられない」
の不満などゼロには何処吹く風だ。潰さないようにこそしてはいても、しっかりと体重を掛けては顔を覗き込む。先程まで喘いでいた筈の顔はいつも通り自分を卑下するそれで、ゼロもまた普段と変わらない口調で「おお怖い」と接した。
「何が気に入らないんだ?ほらまだ俺のモノをクワエテ離さないクセに」
ぐいと子宮口へ陰茎の先端を押し当て、心底不思議でならないと仰々しく訊ね、ゼロは笑う。まだ微かな刺激ですら先の悦びを覚えている体だ。反応は容易い。
「ハッ……あ、んッ!ばか……っ、デキたらど、っす……んっ!!」
膣内に吐精されたその瞬間から大きくその確率は上がっているというのに、蓋をされては尚更だ。いや、体を重ねた瞬間からそれなりに覚悟はしているのだが、しかしこうも後先考えないことをされるのは癪だ。せめて、そこは同じ価値観であってほしいというのがのせめてもの願いなのだ。
なのにこの男――ゼロときたらの言葉に一瞬面食らいはすれど、すぐさま厭らしく口元に弧を描く。
「気が付かなくて悪かった」
どうだろう。この表情と言葉の正反対っぷり。は思わず息を飲む。下手に何か言えば墓穴を掘るのではないかと、いや既に掘っていたかもしれない。納得したくない。と、いなすための笑みを浮かべようとして大失敗だ。
「掻き出さないと大変なことになるな」
ゼロはペロリとの頬を舐める。そしてすぐさま彼女のナカから惜し気もなく雄を引き抜くや、やや乱暴にの体をうつ伏せにする。そして慣れた部分に再び自身の雄を穿った。
「あぁんっ!……な、にし、て……や!うご、かな……っア!ァ…」
「元々男のイチモツは他の野郎の精液を掻き出せるようにこんな形をしてるんだ。合理的だろ?」
ゼロの言葉には一理あった。ゼロが逃げ腰のの体を捕まえ、ゆるゆると律動すれば少しずつ奥に吐き出された精液が彼女の体液と混ざりあいながら掻き出され排出される。つぅ、と股を伝った場所が分かるほどにそれは熱を持っていた。
「。気持ちヨくなってる場合か?」
「く、ぁっ!…ん、ん、んんっ!ンぁ!」
動きに合わせてたぷんと質量を感じさせる揺れを見せる胸をやおら掴み、指先に触れた実を強く摘まむ。「ひぁっ!」と普段と遠い過ぎる声音を聞けるのは、体を重ねた者の特権だ。自分の行為がこんなにも彼女を乱れさせているこの支配欲――堪らない。
強く、強く穿つ。の臀部とゼロの丹田部は白くぐちゃぐちゃと絡まる体液で繋がっていた。
「も、……でた、ぁっ!て!……ふっ、ア、や、ァ!いッ、イくっ、ああぁ!」
が叫んでシーツに顔を埋める。沸き上がる強い快感が全身に行き渡ったのか、浅い呼吸の間際に痙攣している。生き物のように不規則な収縮を始める膣内を限界まで味わうゼロは大きく膨らんだ雄をずるりと引き抜き、支えをなくして倒れ込む裸体に一拍遅れて吐精した。満足以外のなにものでもない。
「イヤがることをしない俺にムチュウになるだろ?」
「……お尻を撫でないで」
「拭いてるんだ」
「ゼロ」
「わかった、わかったよ」
どちらともなく息をついた。ゼロは薄手の掛け布をの体に巻き付けながら抱き起こす。それから胡座をかいた自身の足の間に乗せた。
「俺でイイ夢を見れただろ?」
「え。終わった後に感想求めちゃうタイプ?」
ごほん。咳払いしたのはゼロだ。
「あんたがイイと思ったのは聞くまでもない。俺は俺のおかげで失せたものを忘れられただろ?ってことだ」
が体を預けない側の膝を立て、そこへ肘をつくゼロはすぅと目を細める。相手の本心を探る時の彼の癖だ。
「なるほど。慰めてた?ふふ、なるほど」
オーディンに聞いたのか、自力で得た情報なのか、元々隠すつもりのないは暴かれたとは思わないし、厭うこともない。何だって絡んでくるのか気になってはいて、それが彼の本当の目的だとするなら不器用過ぎやしないか。
「ゼロの失せものだってすぐに喚ばれるよ」
「……」
「あぁごめん。そんな言葉よりこっちが大事だった。ありがとう、ゼロ」
正直に言えば、体を重ねる行為自体は気分転換に有用であるとは思っている。気分の上がる行為がネガティブなものを覆ってしまうのではと考えているが、そこを追求することは彼女の中では大事なことではない。つい最近もこの世界に飛ばされてきたことを思えば、結果の如何のほうがよほど彼女には重要だった。刹那的と言えばそうだろうし、危ういと忠告されたこともあるが、その他の解決策を見出だせないのだから仕方がない。
ニコニコと笑うことに他意はない。だが、ゼロは図りかねていて、表情はかたい。
「ゼロ?」
行動の原理で抱く印象を変えるのは勝手な話だとは思う。それでも寄せられた好意というものを真っ向から否定するのは、自身の存在の軽さをも思わせて悲しくなる。だから、目を瞑るのかもしれない。
呆けているわけではないとしても、心ここにあらずの彼の表情は少し不安だ。そんなにも自分の行動は、発言は、影響を及ぼしてしまったのだろうか。いや、ここに存在するだけの自分が――世界に影響など、いや個人への影響などと考えることすらおこがましい。
何が原因かは分からないが、怒らせてしまったのだろうか。と、物言わぬゼロに憂慮するのは、それほどには彼の存在を許してしまったということなのだろう。「ゼロ」ともう一度、名を言い掛けて止めた。褐色の腕が伸びたかと思えば、後頭部に手が添えられる。おもむろに引き寄せられたが、抗う気持ちは皆無で任せた。
キスに拘りはない。自分の世界では誰それと気軽にするものではなかったが、如何せん自分の態度が態度だ。行為にありがちなスキンシップの一つとして理解している。が、ふと思い出す。この男とまともなキスを交わすのは今が初めてで――情が乗って悪くない感触だ。
「傷の舐め合いも悪くないな」
それにしてはあまりにも穏やかな声だった。