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許された距離ロイド/FEH 19.06.06
部屋に戻ろうか、とテーブルに手を付いたときだ。「ここにいたのか」と声を掛けられ、席を立とうとしている自分を認識しているだろうに、友人は目の前に腰掛けるものだから、ロイドはつい倣ってしまった。
「お前さんのだろ?」
ほら、と投げて寄越されて、これもまたついロイドは受けとってしまう。すっぽり手の中に収まる随分と小さいそれに彼は眉根を潜める。反対側の手で耳に触れ、自分の物を確認した。
「ライナスのか?」
「普通に考えればな。だが、おそらくの物だ」
「お前さんがペア!?」
「……違う」
そんなに大きな声を出すな、とロイドは静かに制して受け取った自分の物と良く似たそれをコートのポケットに突っ込んだ。持ち主の候補は二人で、そのどちらもがロイドとは関わりが深い。自分が返してやるのが効率的だろう。と、ラガルトは理解しているに違いない。ならばもう彼にはここに留まる理由はないのだが、一向に去る気配はない。だからロイドもそこに座ったままを余儀なくされている。
「……何が聞きたいんだ?」
ラガルトは【黒い牙】に所属していたときの役割は粛清者であった。その刃は組織の内部に向けられるもので、色々な意味で一目置かれる存在だ。親交の有無もあるが、かつての仲間を手に掛けるのは精神的に辛いもので更には間違いがあってはならない仕事でもあるから、諜報活動は彼の中で無くてはならないものだった。組織が滅んだ今も、彼の生き方であるそれは染み付いていている。必要なくとも、褪せることはない。
「前の男のか?」
「そんなところだ」
「世界線が違うお前さんの?」
「あぁ」
「ロイド。お前、こういうことでも苦労してどうするんだ?」
椅子の背もたれに大袈裟に体を預けるラガルトはすべての反応が仰々しい。深刻に受け止められても困ることを考えれば、助かるのかもしれないが――。
「随分とほの字なんだな」
「そうだな」
「ライナスが心配するのも頷けるぜ」
心配してくれと頼んだ覚えはない。そもそも良い年をした男女のことに何を気にする必要があるのか。なるようにしかならないだろうに、年若いそれこそニノを心配するのなら理解できるのだが、なぜ自分なのか。
ニヤリと笑うそこに僅かな呆れが紛れ込んでいるように見えたのは幻ではないだろう。
「こっぴどく振られた暁には肩でも貸してくれ」
そんなつもりは更々ない。
自信であったのか、そうした未来が予想に難いほど想像力が欠如しているのか、ただ問題を先送りにしているのか――ロイド自身も分かってはいない。それでも友人を黙らせる効果はあって、見守ろう、といわんばかりのタメ息がそれだ。
「明日はメンバーに加わってるのか?」
「いや」
「ノロケでも聞かせてもらおうかねぇ」
まだ解放される気配はなかった。
ラガルトにとっては何が面白いのか分からないような会話を続け、解放されたのは深夜だ。仮にも戦争中であるのにさすがに調子に乗りすぎたか、とロイドは自省する。が、心は穏やかなもので、久しぶりに仲間と持った時間は過去と何ら変わることのない寧ろ満ち足りた時間であり気分はすこぶるよい。
自室に辿り着く。頭が少しフラついているのは、やはり自分のペースが乱れるくらいには楽しかったということだ。ただ、失態を晒したくはない、とロイドは努めて平静を装い、最小限の音をたてるに止めてベッドへなだれた。
「やーっと戻った」
「?」
「あれ?私にも気付かないってヤバイ飲み方だよ」
「あぁ、か」
ここはロイドと弟のライナスの部屋だ。だから側のベッドには当たり前にライナスが寝ている、はずだ。寝息が聞こえるような気もする。
「何時から、待ってた?」
目を開けるのが億劫だ。手に触れる柔らかな感触で、とわかるのだからそれでもまだ満足している。
「二時間くらいだけど、珍しくライナスの機嫌が良かったから暇はしてないよ」
「そうか」
会う約束をしていたわけではない。都合がつけばその時の流れで過ごし方を決めるほど適当なものだ。だからがロイドを責めることはない。ベッドに軽く腰かけて、ただそこにいる。
「あぁそうだ」
ロイドは思い出す。もう眠ってしまいたい気分でもあるが、あの小物は下手をするとすぐに無くなるくらいに小さい。早々に持ち主に返してやるのが、自分にとっても心が平和でいられるのだ。眠たがる体を無理矢理起こして、コートのポケットを探る。落としていなかったことに安堵して、、と名を呼び、手を取り持たせる。未だ確認をしたわけではないが、彼女のものだという確信はあった。
ふわり、との匂いがする。抱きついてきたとわかるのに時間を多少であれ要したのは、やはり飲み過ぎなのだろう。
「ありがとう」
顔など見ずとものその声音がすべてを物語っていた。とはいっても、寝る前に顔を見たくなってもおかしな話ではないだろう。
「顔が見たい」
「め、あけないと」
ぼんやりとする。重い瞼を押し上げてを見る。困ったような笑みは、部屋に戻るタイミングを逃したからなのか。
「あー、……」
「なんだ?」
なんでもない。は静かな口調だ。暗い室内では表情がよく汲み取れない。頬に柔らかい感触がある。彼女からしてみれば、それは只の触れ合いであったかもしれない。しかし男の自分はひどく単純で、体は正直だ。そして煽るのが悪いのだ。例えばそれが就寝の挨拶であっても受け取る側次第だ、とは身勝手だと分かっているし、そうした狡さを良いように使えるくらいには彼は聖人ではない。
近くにある体を抱き寄せるのは簡単だ。唇を合わせるのもそうだ。ん、とある微かな反応に欲情するなとは無理な話だった。
ちゅ、とわざと音を立てる。ついばむそれが次を求める布石となっている。薄く開く口に舌を割りいれ即座に彼女のものを絡みとる。同室にライナスがいるのを考えれば抵抗するだろうと思ったのだが、は甘んじた。
気分が良かった。酒が小難しいことを考えるのを放棄させているのは分かっている。執拗に口付けを繰返し、の息が上がってくると呼応するようにロイドのの気持ちも弾みを見せた。まとわりつくコートを脱ぎ捨てる。口元に、喉に吸い付きながら服の下に手を潜り込ませて――
「それはまずいって」
「ライナスなら寝てるだろ」
「牙は気配に敏いでしょ……」
「殺気にはな」
あぁ、やはりか。少なからず懸念していたことだ。ダメージは少ない。身を捩るの体は本気ではない。多少の戯れには付き合ってもらうか、と押し倒す。悲鳴は上がらないし、こうしたやり取りは初めてではないからも分かっているのだ。熱がうまい具合に発散できれば良いのだが――。
ぎし、ベッドが軋む。静寂に満ちた室内でそれはひどく響いた。
「」
行為に及ぶことができれば。そう願わないわけではない。強行手段も出来れば、彼女の気にする第3者をどうにかすることも可能だ、が、たまにはこうして触れ合うのも悪くはない。今日は寧ろそちらが良かった。
激しさを増すことのない口付けは、青臭い。良い年をして、青少年のそれだ。
「ロイドさん、重い」
「ん」
「ラガルトと楽しそうだったね」
「妬いたのか?」
「はいはい」
は為すが侭だ。好き勝手に体をなぶっても嫌がることはない。その感触すら楽しんでいる節がある。彼女は子供ではないのだ。
「っ……もっと、」
素直な彼女の欲は自分とそう大差ない。華奢な体を抱き締める。少し強い。息苦しさすら覚える抱擁だが、心地よく思えるのが不思議だった。
が素肌を求めている。少し冷たい手が、腰元から服の中へ入り込み、柔らかさなどまるでないロイドの体を撫でる。彼女もまた触れ合いだけでこの夜を満たすのだ。
「ここで寝ていくか?」
戻るな、とは言えない。戻るな、が本音でもだ。それでも女々しく、力がこもる。
「そのつもりで待ってたよ」
言って、は服の中から手を抜く。それから服越しにぎゅうと抱きついてくる。子どものようなそれだからか、飾り気がないぶん良く伝わる。自惚れではない、はずだ。
ごろりと彼女の横に寝転がる。腕が痺れては有事の際に使い物にならないから、腕枕は寝るときにはしない。それは暗黙の了解だ。
「明日はする」
「いいって!寝よ!ね!?」
「予定をいれたぞ」
感じとる呼吸が、ほんのり伝わる体熱があるだけで良かった。堪らない。とても良い気分だった。