透徹のしるべ 続き
タナトスの機嫌が良い。原因も分かっている。ただそれは、にとってはありがたくない、ただそれだけの話である。
ヒュプノスが音もなくそこを後にすると、まだ、香りが立っているティーセットはそのままに、しかし興味本位で参加した背後の死神の目には映らないらしい。そういえば、この男、お茶などに全く興味を持っていなかったな。とは思い出す。本当にただそこにいただけだった。
それまで、大人しくの抵抗を受け流していたタナトスの長い指に、力が入る。遠慮はない。ぐっと腹の皮膚を押し撫でる感触に、体がぞわりと強張る。唇を噛んだが、小さな悲鳴は隠せなかった。
「おい。俺の上に乗って足を開け」
「み、見せつけの寵とかいらないから、おくな――ひっ!」
それは犬猫の躾のようだった。
痛くはない。が、それ以上の言葉を許さないかのようにかぷりと首筋を噛まれる。徐々に、言うことを聞かぬならと歯が深く突き立っていく。矯正に他ならないその行為に、リヨウの眉間は深いシワを刻む。
ガチャ、と乾いた音が鳴る。勝手知ったるなんとやらで、ベルトのバックルを外しにかかっているのだ。
「タナ、トス……っ」
「自分で脱ぐか?」
ぞわり。
まただ。いつもの皮肉が鳴りを潜めて、代わりにあるのは先の肉欲を望むそれだ。少し余裕ぶった声音が、を誘う。
ぎゅう、と、自身の服を掴んでせり上がる熱を誤魔化そうとすると、タナトスは気にもとめない。
飾りのような、形式的な唇を押し付ける行為。だが、確実に熱を孕んでいる。
緩んだズボンに大きな手が入り込み、腰を上げろと促している。は遠慮がちにタナトスの胡座をかく両腿に手を置いて、体重をかける。僅かに尻が浮くと、待ち構えていたようにタナトスの手が伸びた。
指先が布越しに撫でる。最初は表面を撫でるだけ。まるで布の下にある感触を楽しむように。そのまま、ズボンの縁にかけた指が、ゆっくりと引き下ろし始める。
撫でるように、焦らすように、彼女の臀部をなぞる。手のひらが布地を通して丸みをなぞるたび、肌がじわじわと露わになる。
下着ごと、丁寧に、だが容赦なく剥がされていく感触に、は息を止めた。
「あ、ちょっ……!」
だがタナトスは、露わになった尻や太腿には一切関心を払わず――シャツの下から、肌着越しにの胸をぐわしと掴んだ。
「ひゃ……っ!」
下から伸びた手が、布越しにまるで形を測るように揉みしだく。指先が乳首の位置を確かめるように円を描き、ゆっくりと撫でた。
途端に、そこが自己主張するように尖り始める。
摩擦が、もどかしい。
そのまま焦らすのかと思えば、次の瞬間、布の上から先端を指先で摘まれた。
「や、バカ……ぁッ……!」
自分の上げた抗議の声に、はからずも熱がこもっている。
タンクトップがたくし上げられ、胸がぷるんと姿をあらわす。
ビク、と跳ねた腰を、タナトスの太い腕が片手で難なく制し、すぐさまもう片方の手で胸の膨らみを直に弄んだ。
指先が先端をかすめるたびに、腰の奥の熱が滲む。
タナトスの胸に背中を預けるように、抱き寄せられると抵抗はさらにしがたいものへとなった。
決定的な抵抗はしない。
それは彼らとの契約関係があるからだ。だからこうなる事には、覚悟などとうに決めている。ただ、唐突に始まる遊びは、いつもの気持ちを置いてけぼりにする。
タナトスの膝がの脚を捉えて開脚させる。痴態を屋外で晒すことへの羞恥心がない彼らに、神と人との隔たりはとてつもなく大きい。
長い腕が伸びる。誰に見せつけているのか、触れるか、触れないか、まだるっこしさから目を離せない。腰元を押さえ込む腕に縋るように、あるいはその先を拒むように抱きつくが、反応はない。
開かされた太腿に大きな手がそう。じわりと攻めるように、遊んで、指先が陰核に触れた。
ビク、とは体を震わせて、自分が縋る腕に顔を埋める。
視界を遮断するのは悪手だと分かっている。それでも、愛撫を見届ける覚悟はなかった。
「はっ……ぅ、あっ……!」
入口を撫でたかと思えば――くぷっ、と湿った音を立てて、膣内へと侵入してくる。目を閉じても、指が這う軌跡がまざまざと浮かぶ。指が蠢くたび、ぬちゅ、くちゅ……と粘ついた水音がいやらしく響いた。膣壁を抉るようにかき回され、内側が勝手に締めつく。
ぐっと奥を押し込まれた瞬間、膝が震え、腰が逃げようとする。それも押さえ込まれて、結局はできない。
自分の中から溢れ出た粘液が、脚の付け根を伝い、敷物へと染みを広げていく。
感情は追いつかない。ただ、熱と疼きだけが当たり前のように、そこにある。
掻き乱せば、膣壁がいやらしく蠢く。タナトスの指先はぬめるほどに濡れていた。どうにも、身体は正直らしい。
反応を確かめるように、指を抜き差しする。一度、ぐっ、と奥まで押し込むと、びくりと跳ねた。
腰を逃がしかけたが、左手でぴたりと骨盤を押さえる。
「逃げるな」
唇で、うなじに触れる。舌先を這わせ、耳の下までゆっくりと舐め上げた。
膣内をかき混ぜながら、もう一本、指を足す。
三本目でようやく、彼女の内が、ほんの少し軟らかくなる。そこへ小さく捻るように指を差し込むと、奥のほうがきゅっと締まった。
片手だけで、十分に扱える。
声を引き出すことも、熱を上げさせることも。
女の身体は、手間をかければ応える――心がどうあれ、肉は抗えない。
荒れる呼吸。揺れる肩。滴る熱。
すべてが彼の思惑どおりに動いている。
体は、もう十分に開いていた。
は相変わらず、背後から伸びた腕に、縋るようにしがみついていた。それは最後の砦だったというのに、たやすく振り払われる。
「邪魔だ」
耳元に落とされた声は冷ややかで、迷いがない。
手首を掴まれ、絡みつく指を一指ずつ、淡々と剥がされていく。慈悲もなく、とはいえ乱暴でもない。必要性がない。ただそれだけなのだろう。そして、引き剥がされたその手を、床へと導く。汚れた敷物にも目をくれず、まるで“それがあるべき位置”かのように――。
タナトスの関心は今、目の前の体にしかなかった。
ぴたりと熱が入口に宛てがわれる。
の背筋が、かすかに震える。肩が跳ね、口が開く。
触れた瞬間に、これから何が起きるのかを理解した。
挿入口を擦られ、肉が押し広げられていく。
ぬるりと、遠慮もなく、力強く押し込まれた。
「あ……っ、ぁ……っ……!」
内奥が、形をなぞられて押し広げられていく。膣壁が収縮し、形を追って抵抗する。
その外から、タナトスの手が柔らかな尻肉を掴んで押し広げ、さらに深くを狙って沈んでくる。
初めてではない。何度か交わっている。なのに体は慣れ切らない。
その証拠のように、敷物を掴んだ手が、じわりとしわを作る。
最奥へ到達して、タナトスは動きを止めた。馴染むまで、の配慮ではないだろう。ただ、膣内の蠢きを愉しんでいる。絶対的な支配に、彼女の中は嫌々ながらに応えているのだ。
質量に怯んだのか、は身じろぐ。喉奥に声がこもりそうになるのを、歯を食いしばって堪える。けれど自分の意志とは無関係に、膣がぴくりと締まった。湧き出し始めた快感は、彼女を自発的にまた彼の神のもとへおさまらせる。逃げることも、拒むことも、彼女は選ばなかった。
が快楽に身を沈め始めるのを見て、タナトスの口角は吊り上がる。腰を両手で捉え、抜け出そうなほど引き抜き再び沈める。明らかな喘ぎが、彼女の口から零れた。
それに応えるように、タナトスの腰が動き出す。
ゆっくりと引き抜かれ、また勢いよく打ち込む。その繰り返しに容赦はなく、深部を何度も抉るように貫いた。
打ち込まれるたび、内奥が掻き乱される。
膣壁が押し広げられ、擦られ、濡れた肉が粘ついた音を立てて絡み合う。
ぶつかるたびに尻が跳ね、太ももが震える。
の喉からは、抑えきれない声があふれていた。
「ん……っ、やっ、あ……、ぁ……うっ……」
痛みは、最初からなかった。
あるのは、厄介なほど痺れるような熱。それがじんわりと、けれど確実に脳の奥へと届いてくる。
意識が熱に沈み、輪郭がとろけていく感覚。
タナトスの律動に、自然と腰を揺らして応え始める。
の身体が蕩けはじめたのを察して、タナトスは腰を止めた。次の瞬間、彼女の両肩を引き寄せ、背中を自分の胸に預けさせる。
胸元を抱きすくめられ、逃げ場はない。
タナトスの律動に合わせて、の身体が揺れる。深く抉られるたび、膣奥がじわりと疼き、熱が絡みつく。
次第に意思は溶け、ただこの快感に縋ることしかできなくなっていた。
ふいに、震える指先が、背後の男の首筋へと伸びる。
引き剥がされぬように、あるいはもっと深く繋がるように——
「……タナトス」
掠れた声が、彼の名を呼ぶ。
それに応えるように、彼の腰が強く打ち込まれた。
の爪先が跳ね、指が彼の首筋に食い込む。背後から首裏に手を伸ばす行為は、まるでタナトスの檻のなかに自ら囚われにいくようなものだった。
だが、は気づいている。
今の自分は、それを望んでいるのだと。
タナトスゆるやかに腰を打ちつけながら、前へと身体を倒す。
その胸元を片腕で抱き寄せると、空いた手が、彼女の柔らかな乳房へと伸びた。
粘つく肌の上をなぞるように、指がゆるやかに撫で上げる。尖る先端を挟み、押し潰すように弄るたび、の身体が震えた。
「あ……ぁっ、タナ、トス、あ……っん……」
腰は止まらない。背後から突き上げる律動に、胸元への刺激が重なって、の声は震え、喉が熱に焼ける。
逃げようともしない女を、タナトスはその腕の中で嬲り、深く、何度も突き上げる。
彼女が自ら差し出した温もりを、逃す気など、さらさらなかった。
情事特有の甘ったるい声がする。
頭の奥にある今の自分とは違うなにか。
発露だ。
ぐい、と顎を掴まれる。
無理やり後ろへと向かせられた顔のまま、の唇が塞がれる。
痛みと羞恥が入り混じる中、喉の奥からくぐもった喘ぎが漏れた。
逃れようにも、後ろから深く突き上げられる身体は、きつく絡みついて離れない。
引き抜かれることなく、突き立てられたままの体は、彼女に選択肢を与えない。
その口づけの最中、タナトスの腰が一際深く沈む。
粘膜が擦れ、限界まで引き絞られた膣が、一際強く収縮した。
「あ、ィッ――くっ……ん!」
キスで塞がれたまま、は最後の声を、喉の奥で潰すしかなかった。
指先が痙攣し、白く抜けていく意識の中、タナトスだけが、何もかもを味わい尽くすように、動きを止めた。
熱の奔流が静まり、残滓だけが身体の芯に残される。タナトスの動きが止まり、彼の体温が背後にのしかかる。繋がったままの状態で、は肩を上下させながら息を整えていた。
「……は……ぁっ……」
呼吸が落ち着く前に、背後から回された腕が彼女の上半身を引き寄せる。皮膚に当たる掌は熱く、指先は震えないまでも、ほんの僅かな硬直を孕む。
タナトスは、頬をなぞるようにして首筋へと指を滑らせ、喉元で止めた。
そこで、脈打つ拍動を静かに測る。
「壊れてはいないな」
低く落とされた声。労りとも確認ともつかないその一言は、確かに“気にかけた”という行為のひとつだった。
は、かすかに眉を寄せながらも言い返す気力はなく、ただ少しだけ首を捻って後ろを見やる。額にかかる銀の髪が汗で貼りついている。眉間には皺。だがその銀の双眸には、かすかに温度があった。
しばしの沈黙のあと、タナトスの腰が、ごく僅かに動いた。
「ちょっ……ウソでしょ、ねぇ?」
震えた声が漏れると同時に、肩口に唇が落ちる。今度は歯も使われ、甘噛みの熱が残る。
「まだ、終わったとは言っていない」
低く、耳元で囁かれる。繋がりはそのまま、すでに再び熱を帯び始めた彼が、を抱えたまま深く座り直す。
これほど曝されてなお、彼の欲は、褪せることを知らぬようだった。