「タナトス。そろそろお開きにしない?」
はごく当たり前に提案したのだが、色良い返事どころか理解不能という顔をする死神にウンザリとした。時計がないから分からないが、呼び出されて半日は経過しているはずだ。
「風呂にも入らせた。服も用意させた。食事も摂らせたが?」
「前2つはアンタの監督不行届が原因ですねぇ……」
タナトスの宮で人心地つけたではあったが、まだまだ彼の神は帰してくれないらしい。
助けてアテナと祈れば、女神は微笑んで助けてくれるのだろうか。いやしかし彼女だって女神でもあれば人の生を楽しんでいる少女ではないか。とは思い至って救援要請はやめることにした。無害とは言えなくとも、こうした神はひどく正直なのだ。「あの方を悲しませたくはない」という先の言葉は信用できるだろう。
そもそも、ガッチリと足首を掴まれていては逃げようもない。自身の心の安定のための思い込みに近かったのかもしれない――。
「日を改めるのは?」
「改めるも何もこれからが本番だろうに。バカなのか?」
タナトスは心底呆れた面持ちで言うや、掴んでいたの足首に力を入れてぐいと引き寄せる。ズルリと寝転ぶ羽目になる彼女にそのまま覆いかぶさるなら、ようやく彼女は“本番”という意味を理解したらしい。
「そもそも呼んだのは夜伽の相手をさせるためだ」
「かわい子ちゃんがいるでしょ!?」
「生娘でないお前を相手にしてやるのだ。光栄に思え」
「んなっ!?」
の至極真っ当な問にタナトスは答えることなく、細い首にがぶりと食らいつく。もちろん加減されてはいるが、捕食者の行為のそれには小さく悲鳴をあげる。聞き入れられることはない。
一枚布の服の留め具の装着に苦労していたはずなのに、彼の手にかかれば実に呆気なく外れてしまった。
慌てて胸元を隠そうにもタナトスとの力の差など火を見るよりも明らかだ。ずるりと剥くようにそれは引き剥がされて、ただの布と化す。身の危険がさらに顕著になって、も渾身の力を込めて巨体を押し退けようとするが、ビクともしない現実に早口で文句を囃し立てる。ただそれすらも「うるさい」と一蹴される。それに加えて顎を強く掴んできては、口を塞いでくるのだ。
俗に言う口付けに相違なかった。しかし情が乗らないそれは肌の触れ合いでしかない。息が上がっていくのも単純にそれが激しいからだ、とは自分に言い聞かせている。
「落ち着け。お前には元より拒否権はない」
まるで子供に言い聞かせるような柔い物言いだった。が、内容が内容過ぎては眉根をひそめて抗議する。それでも身体的な抵抗のおさまりを感じたのか、タナトスの手から力が抜ける代わりに、宥めるような口付けを始められるのだ。
自身が絶対的に上位の存在だと自負する余裕を込めたものだった。
タナトスがに求めることはシンプルだ。自分の機嫌を損ねない。これに尽きた。それ自体はもよく分かっている。彼を下手に怒らせ“うっかり”殺されようものなら、ようやく訪れた自分の平和な生活が水の泡となる。
停戦だ、和平だ、とのたまってはいても、実に平凡な自分に歪みが来ることは何らおかしな話ではなかった。
体を起こし、タナトスからの一方的な愛撫を受けるは目を閉じて甘んじる。愛の囁きなど当然ない。彼はそうしたいからしているに過ぎない。の事情など預かり知らぬ話なのだ。
つい油断してしまえば翻弄されていると言わんばかりの吐息が零れそうなのを、必死に抑えていた。じわじわとせり上がってくる確かな熱が、理性を捨てさせようとしている。手のひらに伝わるラグの感触に無理に意識をあてながら、何とかいなしていた。
「おい。力を抜け。挿れるぞ」
「え? ァ、やっ……あぁ!!」
声を掛けられ、訊ねる間もなく押し倒されて、足を開かされたかと思えば最奥まで一息に貫かれての体温が一気に上昇する。何が起こったか一瞬分からないでいる。目の前にタナトスはいるというのに、認識が遅れてしまう。何度が瞬いて誰であったかを思い出そうとすると、視界が真っ暗になるのだ。けれども僅かな暖かさがある。
「目を瞑れ」
そう言われてそれがタナトスの手なのだと理解する。
言われたとおりに目を閉じるとまつ毛が掠る。その感触を確認してからゆっくりと視界の圧迫感がなくなった。
“人ごとき”と目線を交わすのは嫌なのだろうか。どこまでも自分勝手だ、と思うも揺さぶられ始めると余裕が狭まってどうでも良くなっていく。
「ふ、ぁ……っ! ん、んんっ、……ンッ!」
膣内を埋め尽くす質量がお腹に鈍くひびく。ぴたりと内壁に沿うものだから律動のたびに抉られ、震える。
「あ、……んッ! タナトス…っ、さわって、い? …っあ!」
「ああ。許す」
手探りに体の側にあるだろうタナトスの腕をは探す。強く襲う刺激に、もっと確かなものに触れていないと心許ないのだ。それは顔の側にあった。腕を絡める。消えかけていた安堵が少し返ってくる。
それをまたタナトスは払拭させるかのように、強く腰を打ちつけ始めた。
「ひっ、あ! …っ、や……ッ! ん、ん! アッ…!」
ぐちゅん、と卑猥な音が確かに自分から響いている。苦しいという感覚と同時に迫る快楽もあるのだ。不本意な行為に良さを見出してしまうと、嫌気が差す。
それでも今はこの面倒な死神に縋ってしまうのだ。
太い腕に両腕を巻き付けると、片足を抱え上げられて体勢が変わる。互いの恥骨が隙間なくピタリとくっつくほどに繋がりは深い。
「あっ、う……!」
子宮口をぐりぐりと先端が押し上げてくる。腰の痺れるような感覚に戸惑ってはみてもどうにもならない。その先にあるものがすぐそこにあるはずなのに、一向に波打ってきてくれない。動いてくれと言葉にするのは負けたようで気が引けるも、腰が揺れていてはなんの意味もない――。
相手の意地が悪いのか、自分の意地が張っているだけなのか……確実に前者だ。薄目に見た銀の瞳と交錯するや、ずんと穿たれるのだから。
強い快感に思わずタナトスに向かって手を伸ばせば、手を叩かれるでもなく彼は自身の服を掴ませる。引き寄せられたわけでもないのに、少しばかり上体を屈め見下ろす彼の顔は愉悦に満ちている。
「どうした?」
耳元で囁かれては身震いする。不穏な言葉を発することが多いのだ、この神は。試しているし、愉しんでもいるだろう。
「ああ、お前ばかり裸体なのが気に食わぬか」
「ちが…っ!ん…ぁ、や…っん、」
わざとらしくタナトスは纏うローブを脱ぎ捨てる。強く穿っておきながら、それを脱衣動作の一つとするのは難しい。
「た、タナトス! わかっ……たっ! わかった…からぁ!」
ぴた、と促すそれが止んでひどく整った顔が目前にある。彼がしたくて始めたのだろうに、どうして相手にも求めるのか。
ためらいがちに首の後ろに腕を回して引き寄せる。
機嫌が悪ければすでに自分は死んでいたと思うが、触れることを許したからか抵抗もなく体を寄せてくる。こういう時でなければ罵詈雑言の嵐なのだから、この違いにはいつも戸惑う。
優しさでも愛情でもない。交合における彼の至って普通の振舞いの一つなのだ。
夜伽相手に相応しく淫靡な声と言葉を小さく耳元で囁く。
その後のはもうタナトスを視界にはいれない。生娘のように全身を紅く染めあげる姿があるなら、今はまだタナトスは満足していた。
「完全に帰ってから揉めるやつ……」
ああ、と顔を両手で覆ってさめざめと泣くの姿に、タナトスはうんざりとした。つい数分前まで性に従順に善がっていたというのに、呼吸が戻ると同時に理性が強く出て小うるさくなる。いつもこの人間の頭の中は聖域の黄金聖闘士たちがひしめいているらしい。
「早く湯浴みをしてこい」
支度を終えたら帰してやるつもりで、そう続けようとしてタナトスは思いついてやめた。
「待て。いい土産を持たせてやろう」
「みやげ? なっ……!?」
無防備としか言えないを抱き寄せて、寝台へ沈める。ぎこちなく笑うのは自分の心が乱れないための策の一つか。
まぁそんなことはどうでもいい。
タナトスは簡単にへし折れそうな細い首に吸い付いた。唇との隙間から空気の流れる音がすると同時に、は都度ピリピリと皮膚が引きちぎられるような痛みを感じて押しどけようとする。
「いたっ! 痛いって!」
唐突さと、痛みと、強固な意志に焦って拳を握りタナトスの背中を打つ。無駄な足掻きであっても、ただ受け入れるよりはマシだったのかもしれない。
「なになになに?! なんなの!?」
「明日、どの程度に色付くか愉しみだな。次に呼んだときにでも教えろ」
「は?……はぁ?! 何してくれちゃってんの!? ただでさえシオンの説教は長いのに!!」
「なに、地上と冥界の友好の証だ。いい土産になったではないか」
吸われた箇所を押さえながら、赤く青く、そして白く顔色を変えるが愉快でたまらないタナトスの機嫌はすこぶる良かった。