望んでくれること、ずっと待っている


タナトス @ 聖闘士星矢
Published 2012/10/18
title by Light sky

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「おい。何のつもりだ?」

タナトスは声のトーンを一気に下げると、首だけで振り返った。
拘束というには緩すぎるし、引きはがすことも彼には簡単な事だったが、心底理解できないと眉根を寄せて首謀者を見やる。
腰元に抱き着くのは彼が気晴らしに呼んだ女神の聖闘士なのだが、目を閉じて何かを考え込んでいるのか“うーん”と返事らしくない返事しかなかった。

ペタペタと品定めするように腹辺りを触られるとくすぐったい気がしないでもない。
いや、そもそも何故人間如きに抱き着かせているのだと彼は思った。
名を呼んでも反応は変わらず薄く、セクハラまがいの行為も止むことはない。

そう気が長い方ではない。
自覚する部分もあるのか、タナトスは飽きもせず同じことを繰り返す小さな手を取り、グイと引っ張った。

「ぶっ!」

引っ張った拍子にどうやら顔をぶつけたらしいが、タナトスの知るところではない。
何時まで経っても答えない彼女が悪い。それが彼の言い分である。

「それでお前は何がしたかったのだ?」
「え?いや、人間と神でハグした感触って違うのかなと」
「ハグ?抱擁のことか?」

どうみたって一方的で抱擁には程遠いのだが、彼女曰くそうらしい。

「タナトス。手が痛い」

人間は理解しがたい。そう思っていたところにそういえばまだ手を掴んだままだったことを思い出して放す。
次に体ごと振り返ると手首を軽く擦っていた。
そう強く握ったつもりはない。

「冥衣纏ってないからだと思うけど、意外に細い」
「やめろ」
「お腹周りの肉付きも良かった」
「やめろ」
「あ、背中の肉は確かめてないなぁ。もういっ――」

しかし彼女はどうやらおかしいようだ。
ここは常春のエリシオンだが、頭の中にも綺麗な花畑が咲き始めたのか理解不能な事を言い出した。
タナトスは多少であるが顔を引き攣らせながら、腕を広げて再び“抱擁”とやらを迫る彼女の顔を手で制する。

「自分は触りたい放題してくるのに」
「知らん」
「私が触るのはダメとか」

不公平、と制した手の中でもごもごと不満を口にする彼女は指の間からジト目で睨んでくる。

「俺は神だ。人間が触れようなどと思うな」
「えー?貴い存在だからこそ触ってみたい好奇心が溢れるんだよ」
「お前は少し俺という存在を畏れろ。“死”が嫌いだと言っていたではないか」
「そりゃ殺しにかかって来られたら全力で逃げるけど」

一歩、後退する彼女は意味が分からないという顔をする。
死が怖くて当たり前だ。と続け、捕まえに来ないのなら問題はない、と言う。

「まぁ、お前の寿命はまだ先だからな」
「え?見えるの?」
「……」
「黙んないでよ、怖い!」
「その時になれば厳かに俺が登場してやろう」

鼻で笑うタナトスは何時も通り、見下したそれだ。
“覚悟しろ”という言葉とは裏腹に彼女の頭の上に乗せた手が撫でるそれは優しい。

「……タナトスがデレた。明日はゼウスの雷」
「おい」
「うそうそ。冗談」

珍しくふにゃりと笑む、その顔はここではヒュプノスにしか向けられたことはない。
表情が歪むのは面白くないからだ。してやられた気分がする。人間如きに。

「何で怒ってんの?」

ほらほら。と能天気な声音で――そう、彼女はちゃっかりと自分の目的を達成する。

「なっ!?」
「おお、背中も良い筋肉。って当たり前か、完璧な神様なら」

正面から抱きつき、背中を弄るという表現は確かに正しかった。
ゾワリとした悪寒が走るものの一瞬だったのは、彼女は自分勝手にも“興醒め”と言わんばかりの溜息を漏らして、さっさと離れていくからだ。

「な、何なのだ、お前は!黄金聖闘士にもそんなことをしているのか!?」
「挨拶の一環なので問題なし。熱い抱擁が返って来るだけだもん」

ああ、すごく何だか殴りたい。
タナトスはわなわなと肩を震わせながら拳を握る。
いや別に目前の彼女を殴りたというわけではないのだ。
言い知れぬ怒りがある。踊らされている自分になのか、まだ良く分からない。

「なら黄金聖闘士に抱きつけ。俺に気安く触るな」
「え~?そう言われると益々触りたくなるけど」
「く、来るなっ」

人間如きに!
人間如きにっ!!
タナトスは柄にもなく後ずさる。
反してにじり寄る彼女が全く理解できない。

楽しそうな顔をされると癪で、しかし良いように触られるのも嫌でタナトスは初めて逃げ出す。
ああ、誰か。と思えど兄神あたりしか居ない。
兄神を見つけさえすれば間違いなく彼女の興味はそちらへ移るはずだと、訳の分からない確信がある。

少し頭を冷やす必要がある。
冷静さを欠いていては為るものも為らない。

依然としてにじり寄ってくる彼女に指先を向けた。
一瞬強烈な光が湧いて出て、収まればもうそこには自分しかいない。

「一体なんだというのだ、アイツは……」

一気に脱力を覚えて傍らの柱の残骸に腰を下ろせば、彼にしては珍しい重い重い溜息が零れ出るのだった。



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