瀞に棲む


黒サガ @ 聖闘士星矢
Published 2022/09/12
title by icca


 ふと、は顔を上げた。静かな夜を迎えた聖域は、所々にある篝火の爆ぜる音、風が宮を吹き抜けていく音、そんなものくらいしか音を発しない。町や村へ降りれば違うのだろうが、この十二宮に至っては、ところどころに無人の宮もあってか随分とひっそりしていた。だから、それらに属さない音は目立つ。なんだか不安になるようなそれは誰かのしゃくり上げる声だった。
 幽霊が出る。そんな噂を聞いたことはない。死者との距離が近い友人の宮なら話は別だが、この十二宮の最下にある白羊宮ではあり得ない。ここの主も少し前にジャミールへ何も言わずに出ていったため無人だった。
 が気づいてしまったのは、白羊宮の先にある自分の家へ戻る最中である。あたりを見回して、ちょうど白羊宮の柱の影にそれはいた。

「ねぇ。だいじょうぶ?」

 声をかけた。もぞ、と動いた何かは悲鳴に近い声を上げる。きっと人目につかない場所を選んだはずなのに、と思っているのだ。
 が首を傾げながら距離を狭めると、そこには自分と歳の近い宮女が蹲っていた。

「怪我してるの?」
「杯子座さま……」
でいいんだけど、そのバッジ……教皇宮の担当だよね?」

 背後から輝く月光で宮女の襟元にあるバッジを確認する。宮女たちは担当する宮によって、それぞれの星座を象るバッジをつける決まりになっている。主が誰か、というわけではないし自分の担当宮外の黄金聖闘士の雑用も彼女たちは受け付ける。ただ、主たる仕事場を明確にしているほうが仕事の効率は良い。

「あ、あの……、少しよろしいですか?」
「もちろん」

 涙で頬を濡らすほどに、聖域の仕事が大変なのだろうか?
幼くして給金のために親元を離れて勤める者もいると友人から聞いたことがあった。彼女ではないが、やはりこれまでも何度かこっそりと憂い泣く宮女を見かけることがあったことを思い出す。話を聞いて楽になるならば、とはそこに腰を下ろすのだが、随分と見当違いだったことを知ってしまった。



「教皇に呼ばれてる?]

 は思わず宮女――エリーニの言葉をそっくりそのまま返してしまった。教皇宮の担当とはいえ、彼女たちが夜通し働くことはない。定刻になれば、自分たちの宿舎に戻るのが常であり、独自に、それも夜半に呼ばれることはまずない。

さん。教皇さまに召し上げられた宮女は皆等しく死んでいるのです」

 聖域はここ数年で少し物々しくなっていた。射手座の黄金聖闘士が謀反を起こした、というあたりからだろうか。行方不明者がちらほら出るようになっていた。ただ、もともと聖闘士候補生の多くは、訓練中に命を落とすことが少なくない。そういう意味では、聖域からひっそりと人がいなくなってしまっても、黄金聖闘士でもない限りは大事になり得なかった。

「何人?」
「私がここで働いている間でも既に5人になります」
「なるほど。じゃあわたしが行くからこのまま宿舎に戻って」
「ですが」
「だいじょうぶ。聖域に滞在してる黄金聖闘士に声をかけて行くから。何かあればさすがに目を瞑れないでしょ」
「……はい」

 自分にそこまでの価値があるかと問われてしまうと、何とも答えづらいがそれでもやはり、エリーニを向かわせてはいけないだろう。彼女はただの一般人なのだから。

「それに、久しぶりに“教皇”と話をしておきたいなって」
「教皇さまと……、ですか?」

 一介の、それも白銀聖闘士が教皇と話すことは滅多にない。一般人のエリーニにしてみても、のことをよく知っているわけではない。ただ、十二宮に一番近い場所に居を構えている。それだけのことしか知らないのだ。
 疑問符を浮かべるエリーニには微笑だけで返事をする。
 一般人である宮女とそうでない聖闘士には大きな隔たりがある。だから彼女がそれ以上食らいついてくることはない。   
 不安を取りのぞくどころか、新しい不安を植え付けてしまった罪悪感があるものの彼女に伝えたことは本心だ。
 まじないのように「だいじょうぶ」と何度も口にしながら、はエリーニに宿舎へ戻るように促すのだった。



 が一人で“教皇”に会うのは随分と久しぶりのことだった。アイオロスの件があってからというもの、“教皇”はを避けるようになった。黄金聖闘士に及ばないとはいえ、そんな一時的な先送りは長く続かない。
 今日で終わるのだ。きっと、この居住区の寝室の扉の先にいる彼は自分の存在に気付いているだろう。

コンコン

 扉を軽くノックする。中から応答はなく、は遠慮がちに扉を開ける。一切の明かりを点けることもなく、彼は居た。
 ほぼ寝るためだけの部屋に調度品はない。寝台と、一人がけの椅子が星見のしやすいように窓際に置いてあるだけだ。そしてそれは幼少期にここで過ごしていた記憶と何ら変化はない。あるというなら――こちらに背を向け椅子に座る部屋の主なのだ。

 “彼”は椅子の肘掛けを使って頬杖などつかなかった。
 そんな違和感に心臓が痛いくらいに早鐘を打っている。一歩踏み出すと、なぜか雲が月を隠した。青白かった部屋が急激に陰ると、まるで知らない場所に放り出されたような心細さを連れてくる。
 歓迎されていないことは百も承知していた。

「それ以上近寄れば殺す」
「……」
「なぜ知らぬふりを貫かない?」
「……」
「なぜ今なのだ?」
「なぜって……そんなの、」

 拳を握るのは躊躇いなくぶつけられる敵意に怯んでいる証拠だった。
 が男の言葉に従うことなく距離を詰めても、男は微動だにしない。男の前に立つ、と月がようやく顔を覗かせる。
 震える両手で、かつては金色をしていた髪に触れる。髪の質感だけは相変わらず絹糸のようにすべらかだ。顔を包み込むようにして相好を窺うなら、ほぼ教皇宮内で過ごすからかあの頃よりも少し肌が白いかもしれない。

「お前の想う男でなくて残念だったな」
「……サガ」

 皮肉めいた言葉には動揺しながらもよく知る名前を口にする。見慣れている彼の目を見て話すことなど簡単だった。今までは。会えなかったほんの数年にどうしようもない距離が出来ている。
 これが先送りの代償なのだろうか。

「お前は宮女の代わりに来たのだろう? お前なら殺さぬと、そう思ったか?」
「……それはわからないけど、いま聖域にいる黄金聖闘士には声をかけたから下手なことはできな、ぃっ!?」
「異次元へ放り込んでしまえばお前の死骸は見つからん」

 一瞬、何が起こったのかは分からなかった。立っていたはずだった。それが今や視界には天井が映っている。冷ややかな笑みを浮かべる男とともに。
 背中が痛いのは固い石造りの床のせいだろう。

「俺がサガに見えたか?」
「サ、ガ……でしょ」

 ただ、髪が黒いだけで。
 ただ、目が血走っているだけで。
 ただ、欲に駆られているだけで。

「馬鹿な女だ」

 言葉通りにそこに侮蔑があったのか、には分からない。言葉の持つ刺々しさに反して、彼の穏やかな口調が真意を隠す。本来の彼をちらつかせるのだ。
 ぐ、とサガが体が持ち上げたかと思うとビリビリと容赦なく服を破く。ひやりと外気が大腿部を撫でる。足の間に体を割り込ませて体重をかけられてしまうと、もう動けない。

「こういうことへの身代りになることを選んだのだと、理解しているのか?」

 心もとない下着の隔たりを通じて、ぐ、と性器を押し付けられる。自分の知る彼は断じてそんなことを、冗談であってもすることはなかった。当時の年齢を考えてももちろんだが、下品に辱めてくることはなかった。
 はまだ男を知らない。頼んでもないのに、友人たちがそういうことを教えてくれるものだから知識はある。しかしそれとこれとは別だ。
 あからさまな性欲を向けられたことのないは狼狽える。何が起こるかは分かっても、どう堕ちてしまうのかは分からなかった。

「わかっ……」
「お前に覚悟があるなら提案を受けてやってもいい」

 サガは平淡に言いながら、下着を横にずらし濡れていない秘部の入口にまだ屹立しかけの雄の先端を軽く押し付ける。「好きにしろ」とも言っておきながら、いたずらに先を擦りつけて考える余地を奪う。
 言いしれぬ未知の感覚だが、行為の生々しさを問答無用で押し付けてはの羞恥心を掻き立てる。目のやり場に困って、きつく目を閉じる。すると余計なことをしてしまったもので、過敏にそこを意識してしまうはめになってしまった。縋るようにサガの纏う教皇服を握りしめても、自分の一方通行でしかなく不安が薄れることはない。
 ぬるりと先ほどとは違う感覚には思わず名前を叫んだ。
 サガの動きが止まる。

「サガは……いいの? わたしがそばにいても?」
「……、成立だ」

 それは一つの幕間だったか沈黙が束の間、流れる。
 刹那、それはやってきた。
 大きな手が腰を掴んだかと思うと、言葉なくサガが男根を最奥まで突き挿れた。ぶつん、と破れるような音がの体内からしたかもしれない。

「ああああっ!!」

 自身、未だかつてない悲鳴を上げるが、どうにかする余裕はない。腰を抱くサガの手を離さんとして、本能的な拒絶が真っ向から突き入る違和感の存在に抵抗してみせるのだが彼の手はビクともしない。
 殴られる痛みとは違う。言いようのない痛みに、体が強張る。

「はァ、は……っ、サガ…っ、や、イタい……」
「だがお前の求めるサガは興奮したようだぞ」

 愉しげな声音の紡ぐ言葉に意味を分かりかねていると、サガはの手を掴み己の心臓の部位に当てる。確かに彼の心臓は早鐘を打っている。
 だがそれは今、性行為をする彼のものではないのか?

「お前には分からぬだろうが、俺の中で顔を背けながらも悦んでいるな」
「……っ、そんなわけ、……い゛、んっ!」

 誰に向けたか、軽口の合間に緩く律動が始まる。揺さぶられるたびに引きつる痛みがあって、の顔は歪んでしまうがサガの行為は止まることはない。ただ揺さぶられることに身を委ねることしかできない。
 破瓜の出血が時間をおいて、の痛みを和らげ始める。内部が血液と体液でしとどに潤い始めると、サガ自身にもあった痛みが緩和される。それから痛みを訴える呻きに違うものが混ざり始めるのは程なくしてからだった。

「あ、……ッア、なん……や、ン……んんっ、ん!」

 ぞくぞく、と悪寒にも似た感覚が走る。頭の奥が少し重たくなったかと思うと、下半身が妙にむず痒い。割り入れられたまま、ただ足を広げているのが物足りなくなって、はサガの腰に足を巻きつける。体の固定を受けて、先程よりも大きく突かれるその度に悲痛な呻きが悦楽の喘ぎに変わっていく。
 サガもまた彼女の変化を感じながら、男を知らない未開発の膣壁を無遠慮に抉り、自身に都合のいいクセを植え付けようと腰を止めないでいる。

「あ、あ…っン、ッ……さ、サガっぁ……う、……ひぁっ!」

 下腹部から熱が全身に広がるのと同時に、快感が根を這うようにじわじわと縛り付けてくる。
 普段とかけ離れた甘ったるく厭らしい喘ぎ声は誰の声だろうか、自分が口を閉じてしまえばくぐもるその声は。

「んっ、あ、あ……ぅ! ぁあ!」

 理性が侵されていくほどに、サガの法衣をつかむ手に力が入り、心もとなさを埋めるべく引き寄せようとする。なのに、彼はの思い通りにはなってくれない。
 動きが一層大きく激しくなるにつれて、不安は分かりやすい快楽へとすり替わっていく。
 刹那、頭の中が真っ白になってすべての感覚が消え失せてしまった。法衣を掴んでいる感覚も、サガの腰に巻きつけた足の感覚も失せていて、はまぶたを震わせて大きく胸を上下させる。その少しあとにサガもまた最奥へ腰を押し付け吐精を果たす。熱いものが流れ込んでいるのが分かっても、彼女に抗う余力はもうない。

「これで俺のものだ」

 楽しそうに笑う黒い髪の男はそう言ってゆるりとへ口付ける。
 誓いなのか、ただ自分のものになったがゆえの情だったか――嘲り笑いながら今にも涕涙しそうな歪さを彼は見せていた。



n番煎じでもいいじゃない。
復活後になんであんな無謀なことしたのかとサガに聞かれて、一緒にいたいじゃん?て言われちゃう。
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