※瀞に棲む のあと
「失礼するぜ〜。サガよぉ、あんたに言われ……お?」
教皇宮の寝室に勝手な入室をすることは原則禁止だ。世話をする宮女たちですら、命じられたときしか入室は認められない。そういうルールはあるが、例外もあった。教皇の勅令を受ける三人の黄金聖闘士達だけはそれが許されていた。とはいえ、深夜といった人払いの後が多いからか、宮女たちもその例外を知りはしない。
この日、教皇宮の寝室に現れたのは蟹座の黄金聖闘士だった。
さっさと自宮へ戻らんと手短に事を終えたかったのだが、どうやら自分が任務に行っている間に少しばかり状況が変わってしまったらしい。
正直、絶命した女の無惨な死骸を見なくて良かったと思っている。何せ、教皇宮の寝室には幼なじみであるがいたのだから。
サガは教皇に成り代わってからというもの、を遠ざけるようになった。まだその頃は“サガたち”が不安定であったことも、“サガ”が何をしでかすかも分からず、彼女を遠ざけることに異論はなかった。
しかしそれは問題の先送りでしかなかったのかもしれない。
シーツをかけられているとはいえ、寝台の下に落ちているただの布切れに成り下がった洋服が現状を物語っている。
「なーに手ぇ出してんだよ」
なにもサガに加担しているからと言って、幼なじみを蔑ろにするつもりはなかった。ただ、今までのことを鑑みても目前のサガが彼女を殺してないのは、やはり彼もまたそうなのだろう。しかし、この二人に接点があったのかどうかまでは、デスマスクは知らない。
「俺に交渉を持ちかけてきたのはコイツだ」
「ふぅん。まぁが納得してんなら構わねぇけど」
何があったのか、はまた彼女が目覚めたときにでも聞けば良い。とりあえずデスマスクはいつもどおりの任務達成の報告を告げる。それに2つ3つの情報を加えれば完了するのだが、どうやら話し声がうるさかったらしい。
もぞ、とが身じろぐ。おもむろに目をあけてギョッとしていた。その顔が面白くてデスマスクはつい笑う。
「よぉ、。変なところで会うな?」
「で、デッちゃん!?」
「体起こすと見えちまうぞ」
見せたいってんなら構わねーけど。デスマスクは人の悪い笑みを浮かべながら、わざとらしくの裸体を隠すシーツに手を伸ばす。が、彼女はすぐに平静を取り戻して、ペシと軽く手を叩いてきた。
「後で説明してもらうからな」
「お、お昼ごはん作ってくれたら……」
「おー。シュラとアフロディーテも呼ぶからそのつもりでいろよ」
一瞬、その言葉にたじろぐもののすぐに承諾するのだからの覚悟はデスマスクにも通じる。根っからのバカではないだろうから、薄々は勘づいていたのかもしれない。聞きたいことが山程あるだろうに、彼女は当たり前に生者を優先している。こうしてサガと見えることで、蓋をしていた事実に向き合わざるを得ないと同時に、そうすることで吹っ切れることがあるのもまた事実なのだろう。
雲隠れしていたサガとは違い、はこれまで通り聖域に滞在する黄金聖闘士とはそれなりの付き合いがあった。故の親密さがあるのは当たり前で、相手へ触れるための距離は実に近い。
「なに食いたい?」
「お任せします」
「じゃあ適当に用意すっからな」
「サイコーです」
これはある意味での意趣返しだ。仕事をしている間に、当の命じた人間は女とよろしくやっているなど、面白いわけがない。
「アンタも来るか?」
わざとらしく訊ねれば、当然サガは面白くないと顔を顰める。それで溜飲も下るというものだ。
「じゃあ戻るな。サガ、今日は慰問だろ。ちゃんと猫は被れよ」
「さっさと戻れ」
「おーこわ。あとでな、」
「ん。おやすみ」
そうして満足の行く答えを得たなら、長居は無用とばかりにデスマスクは挨拶を告げてそこを後にする。重厚な扉が閉まるその直前に、がサガに対して随分と慌てた口ぶりで言葉を交わしていたが閉まってしまった今、ふたたび開けるのは忍びない。
殺されることはないとしても、少しばかり幼なじみには悪いことをしたかもしれない。
彼女が片足をつっこんでしまった今日、彼女に黙っておくべき事項が一つ減った今日、仕事を終えて疲労困憊の体にはちょっとした“イイコト”であったのも間違いない。
自宮に戻る最中にある友人たちを起こして告げるべきか、楽しみはあとに取っておくべきか。
それすら考えるのが楽しく、疲れた身である割に十二宮を下る足取りは緩やかだった。