2023/04/15
title by 誰彼


「ははぁ? ここがエクラの言っていた閉じ込められる部屋か」

 クロードは実に興味深そうに窓のない室内を見渡して、唯一の出入り口である扉のノブに手をかけ、ガチと鍵が施錠されているのを確認した。少し強めに引いても、または押しても、木製の扉はありふれた一般的な安物と変わらない見た目をしているのにビクともしない。やれやれ、と彼が肩をすくめるのに時間はかからなかった。

「クロードはこの部屋のことを知ってるの?」
「ん? ああ、エクラから聞いてないのか? あんた、エクラの相談役だろ?」

 予てより摩訶不思議な部屋が出現する、との報告は上がっていた。何よりも情報から戦術を錬るクロードの耳に入らないわけがない。知らないよりは知っていることが、幾分か狼狽を和らげるのは当たり前の話だ。だが、同じく閉じ込められてしまったもそうだと思っていたが、これは思い込みらしい。

「あー、聞いたかも?」

 うろ覚えなのか少し間の抜けた返事をしながら、棚の引き出し、本棚に陳列される蔵書の隙間、ベッドの下、あらゆる場所から何かしらの情報を得ようとしているもまた、クロードのように諦めるのにそう時間はかからない。

「私より詳しそう」
「いやいや。俺だって半信半疑だったさ。ここに来るまでは。んでこんなもんを見つけたら信じるしかないだろ?」

 いつそれを手に入れたのか、クロードは口にはしない。何かを見つけた素振りすらにおわせなかったのは、彼の特性とも言える。騙し騙される世界で情報は貴重な武器の一つだ。が彼に対して全く敵意がなくとも関係ない。上手に生きていくために染み付いている彼の癖なのだ。
 そうした事情をなんとなく察しているのか、それともそう興味がないのかが言及することはない。
 ぴらりと人差し指と中指の間に挟まれて差し出された紙を受け取る。簡潔に書かれたメッセージに、分かりやすく彼女の顔は歪んだ。

『指令:性交渉を行うこと』

「だよな」
「えー……わたし、恋人がいるんだけど」

 グシャリ、と悪意のある紙を潰す。
 何のためにそんなことをしなければならないのか、永遠に理解出来ない。

「クロード。どう思う?」
「どう、と言われてもなぁ。俺の方は問題ないとしか言えないね」
「物好き〜」
「大抵の男はそうなんじゃないか? 恋人がいないならなおさらな」

 クロードの言葉は理解できている。ただ、相手が悪い。

「大人になったあんたの恋人が想像できて楽しいんじゃないか?」
「わたしのクロードくん、永遠に可愛いままでいてほしいな」
「はは、無理無理。男は等しくおっさんになるよ」

 目の前のクロードには、三つ編みのそれがない。髭だって生えている。体つきもやや逞しくなっていて、恋人とは違う。

 ぱちん、とおもむろにクロードは武具の留め具を外した。防具もだ。これからの行為に邪魔にしかならないそれを机の上に置いてに手を伸ばす。

「あんたも剣を置いてくれ」

 そう促して、逃げることはできないことを突きつける。
 渋々、はベルトのバックルに手を掛けるほかなかった。ひどくのろい動作だが、クロードは急かしはしないし、明らかな溜息を吐き出すこともない。
 の剣を受け取って自身の物の隣へ置いたクロードは、次に彼女をベッドへ誘導した。

 これは仕方のないことなのだ。食料のない部屋に閉じ込められて、誰にも把握されない場所で死ぬのは我慢ならない。まだやりたいことも、やらなければならないことも多分にある。それはきっと彼女にも言える。とクロードは自身を納得させて手を伸ばすのだ。
 たいして大きくもないベッドに倒れ込むと、ギシと鳴る。動揺を懸命に殺しているところを見ると、あまり嘘をつくのは得意ではないのかもしれない。
 それでも止めてやるわけにはいかないのだが――。

 上半身の衣服をさっと脱ぎ捨てて、へ覆いかぶさる。下手に声をかけないほうがいいだろう。不安げな顔になんとも言えない罪悪感が募るが、それを殺してクロードは彼女の頬へ唇を寄せた。さすがに遠慮の程度は心得ていて、冷たい頬から顎へ、のどへ、と軽い愛撫にとどめた。
 ごく、と嚥下の音がひどく凌辱的に思える。服の下に両手を差し込み胸の上までたくし上げると、豊かな胸があった。
 そもそも女性を抱くこと自体が久しぶりで、クロードの罪悪感は急速に鳴りを潜める。魅惑的な裸体に分かりやすく情欲が頭をもたげていた。

 柔らかな感触が手のひらいっぱいに伝わる。彼女の体に触れることは初めてだというのに、妙に馴染みがいい。手放し難い気分になって、指が埋もれるほどに揉みしだいてしまう。されるがままに手の中で形を変えて、自分を誘惑するのだ。

「んっ、ふぁ……」

 それまでの調子とはかけ離れた、情事特有の声がこぼれた。一方通行ではなくなることへの安堵を感じて、クロードは立ち上がりかけている膨らみの先端を口に含める。
 ちゅうと音を立てて強く吸うと、組み敷いた体がびくりと震えた。固くなりつつある先端を舌で転がすと、もぞと腰を揺らして悶えている。小刻みに吸い付き、音を立てて羞恥心を煽り臍まできたところで、下着の中に手を差し入れる。隠されていたそこは確かに濡れている。そのまま下着もろとも脱がせると、少し遅れて状況を判断したらしいは足を閉じようと無駄な抵抗をしてみせる。もちろんクロードはすでに自身の体で割り入っている。

「だめだって。あんただって長引くほうが嫌だろ?」
「う……」
「不可抗力だし、もちろんあんたには何の落ち度もない」

 体が勝手に反応してしまうのは仕方のないことだ。それだけ“クロード”と仲が良いのなら、それはそれでいいことだと彼は思っている。
 苦く笑って彼女の恥じらいをいなす。下手な間など要らない。とクロードはそこで区切りをつけて、つぷと秘部へ指を埋め込む。あっという間に根本深くまで飲み込まれていく。

「あ……っん、くろー、ど……ッ」

 中で何かを探すように内壁を擦るからか、ぐちぐちと音が漏れるのにあわせて彼女の中はほぐれていく。情事特有の匂いが鼻腔をくすぐる。ほのかに色づく肌がそうした匂いをきつくさせていた。
 ザラリとした一部を指の腹で強く押し付けると、分かりやすくの腰が浮いた。
 合図だ。乗り気でなくとも彼女は知らせている。
 ぷくりと膨らみ始めた花芽をぐりぐりと指の腹で押しつぶす。甘い声が漏れようとするのを、彼女は口を塞いで耐えていた。

 これが恋人同士ならこうした準備段階すらも余興となるだろうに、いざ当事者となるとそうありがたいものはない。なぜ彼女――だったのか。まだ未来が確定していない、けれども確かに“若き自分”の恋人という位置づけのせいで、興味は否が応でも湧く。何が“自分”を惹きつけたのか――とても単純に。

 小さく内股を震わせているが達してしまう前に指を引き抜くと、糸を引いていた。既に痛いほどクロードの股間は張り詰めている。やや焦った手付きで下衣を寛げる。彼女が不満を顔に出す前に。流れを乱さないように。
 トロリと蕩けてひくついている秘部へクロードは反り返った先端をあてがう。ただそれだけで、先への期待が膨らんで、理性を保つのに集中力を要した。
 ぐぐぐぐぐ、と秘部を押し広げる。飲み込まれるように、自身の陰茎が埋まっていく。侵入が深くなるたび、小陰唇が歓迎するかのようにピタリと張り付くのだから堪らない。もまた痛みとは違う感覚に悩ましげに眉根を寄せていた。

「は、あ……ッ、ンンっ!」
「これは思った以上に……っ、動くぞ」

 嘘ではなかった。
 根本まで肉棒を埋め込んだクロードは自分本位に言うと、返事を待たずにの体を揺さぶりはじめる。繋がる部分だけがずいぶんと熱い。だが肉欲にまだ負けてはいない。痛みを感じないように、馴染むように、そんな気遣いが出来るだけの理性はあった。やや乱暴な律動であれどの膣内にはクロードの男根が隙間なく埋もれている。彼女の中は受け入れることを許すほどに、卑猥な音を心なしか大きくさせていく。

「く、くろ、……っ、ン! あ、あぁッ!」

 少しずつ上りつめていて、あともう少しで気をやれるところでクロードはピタリと、動きを止めた。が訝しく思うのは一瞬で、膝立ちになったクロードは彼女の柔い臀部を抱えあげる。すると彼の切っ先は彼女の腹部側を強く圧迫して、今までとは違う快感を与えた。女性にある悦い場所ではあるが、慣らされていないと大したことはない。しかしそこを集中的に摩擦するなら、悲鳴のような喘ぎ声を彼女は発した。抱えあげているからか、のつま先はかろうじてベッドに触れている。まるでつま先立ちだ。そして指先にひどく力が入っている。

「ひぁ! そこ、やッん!! あぅっ!……んンッ!」

 急速に迫りくる果てへの衝動の大きさに身悶えしても、クロードは構うことなくの体を揺さぶり続ける。頑なに抱きついてくることもせず、常にシーツを握りしめて一線を画している彼女をどうにかしてやろうと思っている。喘ぐ声がくぐもって、彼女の下半身がガクガクと震える。
 息も絶え絶えと言わんばかりの呼吸に伴って、胸は浅く早く上下を繰り返している。クロードの熱は昂り始めたばかりだ。
 しっとりと汗ばみ仄かに染まる裸体を、繋がったまま横に向けると同時に、ぐり、と最奥の子宮口を押し上げた。
 小さな悲鳴を上げて、の身体がしなる。併せて、内在するクロードの陰茎を強く締めた。

「や、あっ! まッ、て……ァ!」
「はは、こんなに締めて? 冗談だろ」

 ゆるく後ろへ撫でつけてあるクロードの髪がはらりと乱れる。
 再開される律動に抗うようにが手をついて体を起こそうとするものの、それまでとは違う角度で膣壁をぞりぞりと抉る感覚に力が入らない。片足を肩に掛けられて大きく開いたそこに閊えるものはなく、深く深く彼女の奥を叩く。行為の荒々しさが、結合部から聞こえる空気を巻き込んだ卑猥な音にぞくぞくと身震いする。力の入らない手が、クロードの肩口を押しやろうとして、結局、体を固定するそれになって強い快感を運んでいる。

「イっ、イッちゃうッ、あ、や、アァッ!」

 その言葉を受けて、クロードの口角がつり上がった。
 ピリ、とした鋭い痛みが肩口に走る。彼女の爪が食い込んでいるのだろう。当人は気付いていない。いなせない快楽の扱いに手こずっている。肩にかかる足を離れないように引き寄せて、強く穿ち続けていると彼女が声を詰めてそれまで以上に強く締め上げてくる。ああ、惜しい。そんなことを思いながらクロードは大きく膨らんだ陰茎を抜いての下腹部に押し付けた。思っていたよりも量のある射精であったが、どくどくと吐星の度に楽になる。充足感を感じると同時に疲労感もあった――悪くないそれが。

ガチャン

 解錠の音が無機質に響く。
 余韻に浸るの耳には届いていないのか、目を閉じたままで呼吸を整えている。自分の吐き出した精液に今更になって羞恥心を覚える。傍らにあった皺だらけになってしまったシーツでやんわりと拭った。

「大丈夫だよ。自分で出来る」

 気にしなくていい、とはゆらりと体を起こす。体を重ねることになったものの、必要以上の触れ合いは良しとしないらしい。

「そうだ」

 別に傷付く必要はない。この部屋の中だけの関係は、出てしまえば終わるのだ。だから、少しくらい遊んでも構わないはずだ、とはクロードの独りよがりでしかないが止まらない。

 クロードの短すぎるそ言葉に理解が及ばない。なに、と疑問を表情する間もなく、押し倒されている。ただ直感的に、彼の目線の行方が次を示しているのを本能的に察して、両掌で彼の顔を――正確には口元を押し返す。それなのに、顔は近付いてくるばかりだ。

「そのまま、そのまま」

 くぐもった声でそう言うや、クロードの唇がぴたりと手のひらに当たる。そして手の甲には自分のものが当たる。それだけだ。何がしたいのか更に分からなくなって、ぱちぱちとまばたきをくりかえして彼の動向を眺めるだけになる。エメラルド色の瞳が見えるなら、多少なりとも彼の考えがわかったかもしれないが、ご丁寧に閉じられている。まつげが長い事くらいしか分からない。
 ちゅ、と軽いリップ音と共にはなれるクロードは、非常に薄っぺらい笑みを浮かべている。

「いやあ、やっぱこういうのは要るよな。疑似でも」
「そう、なの……?」
「この部屋から出たらいつも通りさ」
「うん」

 さ、と背中を向けて支度をしだす彼はひどくあっさりとしている。言葉どおりこの部屋の中だけの事になるのだろう。それで良い、と頭で理解はしているもののなんとなくうら淋しさがあるのはきっと彼の顔のせいだ。とはいえ、これは交わるはずのなかった道だ。だから元の道に戻らなければならない。

「出よう」

 忘れなければならない。

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