つ、と次に唇に違和感をおぼえる。そこからの覚醒は早い。
あれほどまでに重かったまぶたが開く。眩しい、とも思ったが勢いのままに体を起こしてあったのは、額への鈍い痛みだった。
「いった!!」
「クッ……頭突きで返してくるとは激しいな」
額を押さえるの目の前には、鼻を押さえるゼロがいて、ちょうど彼は彼女にまたがるような体勢だった。
「何やってんの?」
「人工呼吸。意識がないのはマズいだろ?」
「寝てる人間に意識があるわけないでしょ」
息をするように始まるゼロのとんでも理論は今に始まったことではない。が、いつも唐突で心臓に悪い。
「ここどこ?」
「さあ?俺にも分からん。が、おそらくは例の部屋なんだろ。ほら」
焦るでもなく、ありのまま現実を受け入れるゼロは懐から紙切れを取り出して、へ渡す。その渡し方がまたなんとも言えない。わざわざ指を絡める必要はあったのだろうか?「離して」と奪うように紙を奪うは、中を見て顔を歪める。そうした彼女にまた指を絡めるのだから、実にしつこい。
「どうする?」
「足撫でながら言うセリフ?」
どこにいたってこの男の行動はブレない。
しっ!と無礼な手を叩いても、彼には痛くも痒くもないのだ。
「ちょっと! なんで勝手に靴を脱がしにかかっ――わッ!」
その無礼が足にまで続いて抗議して、視界が反転している。天井の木目がよく見えた。足の裏に空気が流れ込むのがわかる。ヒヤリとしたかと思えば鈍い音が響く。放り投げられた靴が可哀想だ。
「どう足掻いてもシなきゃいけないのは分かってんだろ?」
「心の準備が……っ!」
「ふむ……。なら抱擁でもするか?」
「は? もう全部怖い。無理」
ほら、と両腕を広げられても、はいそうですか、とはならない。彼の日常の行動が悪すぎた。全力で首を横に振り辞退する。もちろんどうにかなるわけでなければ、ただの先送りでしかないのは分かっている。
ゼロがあからさまな溜息をつくものだから、いよいよは危機感を覚える。いや分かるのだ。「どうする?」と聞くのは、覚悟を決めるためのやり取りの一種だということくらい。
「俺と初めてでもないだろうに何を恥じらうんだか……」
「わたしは自慢じゃないけど不測の事態によわ――」
パチン、と音がする。ゼロがマントの留め具を外した音だ。それからブーツを脱ぎ捨てたかと思うと、膝立ちになる。ベルトを目の前で緩め始めるのはわざとなのだろう。
「ねぇ。まだ心が整ってないんですけど」
「ゆっくり整えたらいい。俺はただ準備をするだけだ」
「え、待って? ズボン脱ぐの待って?」
「脱がせてくれるなら悦んで」
だめだこいつ。話が通じない。
今更ながらに痛感して頭が痛い気もする。
「」
無意識にこめかみを押さえていたらしい。
「わ……わかってるよ」
浅黒い手が勝手知ったる手付きで上衣を脱がせてくる。抵抗も長く続けば興ざめしてしまうだろう。自分はともかくとして、男にはその気になってもらわなければ行為は成立しない。
「その気になったな。ニオイが強くなった」
ちう、といつも首にまずゼロは吸い付いてくる。目立つ箇所に跡を残して欲しくはないが、言ったところで聞いてはくれはしないだろう。言わない方がまだ執拗に跡を付けない、と最近になって分かったのだ。
「いたっ」
とはいえだいぶゼロの気分に左右されるのも事実だ。
吸われ過ぎていたのか、歯を立てられたのかよく分からない。刺激に身をよじったところで、抱きすくめられている今は動けない。
ぐり、とすでに固くなった陰部が下着越しに閉じた秘裂を割り撫でる。
「ゼロ……ッん」
挿入のあとの動きを真似て腰を押し付けるゼロが、艶めいた息を吐く。先端が何度も秘裂をずりずりと撫でる。布切れが邪魔をしていたが、熱は難なく通り抜けて相手に到達している。生理現象の一つだとしても、期待を孕んだものであることに変わりはない。釣られるように互いの下着が濃い染みを作りあうのも、彼らの行き着く先が合致しているからだ。
「ほら準備ができた」
「お、おざなりすぎない?」
「挿入るさ。あんたのカラダのことは分かる」
挨拶のようなキスを頬に受けて、はア然とする。そんな彼女を放って、自身の服を完全に脱ぎ去るゼロの隻眼はやや衝動的な色を含んでいた。経験としてはゼロの方が豊富だ。が、その知識故か過去がそうさせるのか、そうしたスイッチが入ると彼は自分本位な面が強く出る。
の下着をずらし、薄く糸の引く秘部へあてがう。彼女の態度とは裏腹な熱がそこにはある。息を呑んだのはどちらだったか。
ぐぷ、と空気を押し込んだ音ともにゼロの先端が侵す。思いのほかすべらない。
「ゼロ、ゆっく……ぅあ、や!」
顔を歪ませるくらいならゆるゆると腰を進めればいいだけだ。なのにこの男はそうしない。抵抗を見せたの腕を、それも体が起こせないように関節を狙って押さえ込みながら腰を進める。痛むわけではない。唐突に侵入された強い存在感に肌が粟立つ心地なのだ。
「ふ……ぅ、挿入っただろ?」
押さえつけていた力を緩め、代わりに手首へかけて赤味を増してきた肌をさする。
「いちいち……言わない、で」
そんなことは挿れられている自分が一番分かっている。自身の中で張り型できてしまいそうなほど、かたどっているのだ。慣れていないのに子宮口の奥を押しつぶそうと、両の手首を引かれる。痛みの混じる強い刺激にの体がのけ反った。
馴染むのを待つことなく、ゼロはギリギリまで引き抜き、またゆっくりと内壁をえぐり進める。先程とは違う。じれったさを感じる緩慢さに、どんなに取り繕って見えないように押し込めている期待が、暴かれてしまうような気がした。
「は、ぁ……あんたとヤルの久しぶりだよな」
動きがスムーズになってきて、ゼロが言う。そうだっただろうか、と考えるのも答えるのも億劫で、揺さぶりの刺激に余裕のないはその口からは喘ぎの声しか出てこない。
片足を抱きかかえられ、松葉のように交錯すると恥骨が驚くほどピタリと合わさった。ググ、と音が鳴るような。落ちた子宮口の壁をゼロが持ち上げようとする。
「だ、めッ!……イっ、ぅ……アァ!」
針を刺すような痛みがビクと体を震わせるというのに、ほんの少しゼロの動きが浅くなったくらいで、視界がちらちらとするのが変わらない。目眩にも似たそれに酔いそうになる。
彼の言うとおりだ。行為自体が久しぶりで、余裕がない。
「ゼロ、っ……もっと…!ゆっくり、……シて!」
彼はよく見ている。結合した部分から溢れる体液を見計らって、また子宮口を押し上げる。呻く声はあるものの、先程とはまったく違う。
穿つたびに嬌声をシーツに埋め込むに構う必要はなかった。「イヤ」も「ヤダ」もどれも本心ではない。
強めの刺激に泣きそうな声を上げるに気分が良くなる。抱えた足の指先がピンとしていた。近い。
「ん、ん!……っあ、んん!!」
動きを止めた。途端に抜けるのを許さないと言わんばかりに膣壁が収縮していく。ビクビクと抱えていた足が、内股が痙攣していて、の淫れた声もない。赤く色づいた背中が大きく上下しているだけだった。
「おわっ、た……?」
「残念だが、俺がマダなんだ」
「な……なんで?」
「もったいないだろ?さっきも言ったが久しぶりなんだ。愉しまないと損じゃないか」
「その顔……イヤすぎる。……勘弁して」
「そうは言っても解錠の音がしない以上は、なぁ?」
ゼロが意地悪く笑う。「次はどうする?」なんて声が楽しそうなのは本心に因るものだ。なにせこの部屋の性質は彼の嗜好をよくそそるのだから。
「ほら、」
愉しげな声が障る。
萎えない楔のようなゼロの雄が、柔らかくとろけた膣内でわざとらしく奮える。憎らしいと細くなったの目元を、浅黒い指が撫でた。
のそりと、が重くだるい体をわずかにもたげる。
「ッ、……ん!」
「感じるか?」
感じないわけがない。そんなことを言いたげな、自身に溢れた言葉だ。答えてはだめだと知っている。代わりに少しだけ後ろを振り向く。前のめりのゼロの顔がすぐ近くにあった。一瞬だけ唇へ目配せする。目は口ほどに物を言う、なんて言葉があるがゼロは相手の視線で意を汲むことも少なくはない。
やわらかく触れたのは最初だけだ。情緒よりは欲望のほうが顕著で扱いやすい。互いの舌を吸い合う行為は、単純明快なその確認だった。
「あ……?」
「へ?ちょっと、ゼロ!!いきなり出さないでよっ」
「くそ!気を抜きすぎちまった!」
いや、情緒もそれなりに顕著だ。ただ御しがたいものである。
これはゼロにとってもまったくの想定外たった。一旦始まったものは途中では止まらないし、生理的に放たれるそれにゼロは苦虫をつぶしたように顔をしかめる。
ガチャン!
「今のはナシだ。満足してない。
おい!逃げるなよ!」
「や、解錠したし。そういう元での、だよね?」
「今のは不本意だ。あんたがカワイイことをしてきたのがワルい」
「意味分かんないけど、でも指令は完了したから」
「イヤだ」
「こどもか……」
ゼロが声を荒げるのを見たのは初めてだったかもしれない。いつも他人を値踏みし、卑屈な物言いをする彼は感情の起伏のありかたに気をつけている。感情的になると相手をやり込めないからだ。そうした状態に、彼自身がなっているなど気づいているのだろうか。
とはいえ、肝心の彼の雄はもう萎えてしまって抜け出てしまっているのだ。もそういう気分から醒めている。うるさいなぁ、と思いながらゼロに背を向けて、身支度を整えるくらいには彼女はこの部屋を出たい。
「シたくなったら夜這いに来てたでしょ」
「眠れないってイッただろ。エンリョしてたのさ」
「そんな殊勝さがあったんだ……。まぁ、ありがとう?」
「仕方ない。今夜は是が非でも仕切り直しにイクからな」
「私の感謝の気持ち返して??」
「ここなら音漏れもしなさそうだったんだが……仕方ないよな?」
ゼロの固い決意にの顔は引きつる。だが仕方がない。彼を突き動かすのは今在る情欲でしかないのだ。