title by icca
無情にも締め切られた――そして並大抵のことでは開かないと知っている扉を前にして、は青ざめた。
いわゆるジョーク部屋に閉じ込められたわけだが、何だってこうも捕まってしまうのか。そういうことがこれまでに何度かあって、ここ最近は部屋に入るとき、誰かが先に無事に入るのを確認してからと徹底していたというのに。ほんの少し油断しただけだったのだ。お腹が減って、昼食を摂るために食堂へ行かんとする道すがらに顔馴染みに会って、当たり前のように雑談をしながら食堂に通じる扉に手をかけた。ただそれだけだった。
「ごめんね。もしかしなくても私が巻き込んでるかも」
無駄だろうなと思いながら、は自身の剣の柄で強かにドアノブを強打する。もちろん壊れない。
「。やりすぎると防衛の何かが発動するかもしれないぞ」
「怖いこと言わないで」
と共に閉じ込められたロイドもまた、このジョーク部屋の存在は知っていた。“神出鬼没な不可思議な部屋に気をつけろ”とつい先日お達しがあったばかりなのだ。
適当な壁を鞘で叩いて空間を探すが、ロイドは「完全に閉じ込められたな」なんて絶望の言葉しか言わない。
「まったくなんで食事前に閉じ込められるかなー。お腹すいたよね。ロイドさん」
「そうだな。早めに出ておきたいところだ」
「そういえば、飴ちゃんあるよ。気休めだけど、はい」
ロイドの返事を待たずに彼に飴をもたせるは、いそいそと自身の口の中へ開封した飴を投げ入れる。口に広がる甘みに満足そうに笑んでいる姿に、水をさしては悪い気がしてロイドも倣う。が、腹の足しには幾分にもならない。早く脱出するに限る。と“指令書”なるものを探そうと気合を入れた時だ。どこからともなく紙切れが落ちてきたのは。
よりもだいぶ高い位置でそれをとらえるロイドは、どれと中を確認する。と同時にガリ、と音がした。
「え?口の中で不穏な音がしたけど大丈夫?」
「飴を噛み砕いただけだ」
苦虫を潰したような顔のロイドを見たのは初めてだ、きっと。ただならぬ怒気の様なものすら感じて、怖くもある。ただその理由はすぐに分かった。
ほら、と渡された紙切れを見て、もまた怒りを感じるに合わせて眉間にシワがぐいと寄るのだ。
非常に気まずかった。この部屋のたちの悪さを知らないわけではない。“指令書”にある中身を達成しなければ、ここからは出られない。
「これはあれよね、同じベッドで雑魚寝的な」
「それなら簡単なんだがな」
「だいぶ苦しい?」
ロイドが間髪入れずにうなずくあたり、言葉の意味についての余地はないらしい。
はあああ、と長く漏れる嘆息と共にはその場に崩れ落ちた。
「ほんっとごめん。絶対巻き込んでる」
「お前のせいじゃない。気にするな……は無理か」
実際この件に関しては分からないことが多いのだ。だから誰のせいでもなく、運が悪いという言葉に尽きた。
どうしたものかと柔らかなベッドに座って意見を出し合ったところで、意味はない。“指令書”に従うか否か。覚悟はあるのか無いのか。それだけなのだ。
ただ内容が内容であるから、ロイドも強要するわけにはいかない。この手の話については、大抵において女が割を食うのを知っている。
きっと自分か、相手のどちらかが違っていたならこんなにも手こずることはなかったのかもしれない。なまじ情があるからこんなことになっている。
割り切りようがない気がして、覚悟など早々には決まらないのだ。
だから、これは不可抗力とする。そこにあった他者の意思は、脅迫に近く、一人なら何とかなったのだろうか。ロイドはぼんやり考えたが、すぐに散ってしまった。一人でどうにかなるようなぬるさは無い。困るのを見たいのか、人間関係が崩れていくのが見たいのか、なんであれこの部屋を作った者は相当捻くれている。
熱を孕んだ吐息が意図せず漏れて、ロイドに組み敷かれるは顔を赤らめていた。与えられる悦楽に努めて反応しないようにとは彼女のプライドだったのかもしれない。それが呆気なく崩れたのだ。彼女の思いに反して、ロイドは、たしかに自分の中の男としての欲が刺激されるのを感じている。
離れた、離した唇が惜しい。事に及ぶ同意のそれだと理解はしていた。見た目も体つきも女だとは認識してはいる。だがどうだ。はぁ、と漏れた熱っぽい吐息が、少し濡れた瞳が、紅潮した頬が、女を強く意識させている。
なにか言いたげな、それでいてもう不満など言えない状況の今は、どれほど自分に都合が良いのか。
取ってつけたような愛撫に思われているだろう。肌着を押し上げる胸の頂きを指の腹で撫でると、が顔をそらす。頑なに目を合わせようとしない。早く終われと思っているのかもしれない。この部屋を疎ましく思う反面、好機としたのは――自分だけなのだろう。
この部屋から出るためとはいえ、彼女の本意とはかけ離れている。互いが互いでなければ、また違ったのか。
大きく筋の浮く首へ舌を這わせながらそんなことを考えてしまう。
でなければ、さして気を遣わなかったのか。だからこそ抱けるのか。
衣服を掴む手に力がこもったのか、びり、と小さな音が聞こえる。が、悪いことをした。とは不思議に思わない。
服に隠れた胸をさらけ出させて、白い肌に吸い付く。思った以上にあっけなく、赤い跡がついてしまった。自分のものだと誇示する、そして一般的にはそう捉えられるような情事痕を残すことを、ロイドはしない。恋人ならまだしも彼女は違う。しまったと思う反面、薄いならばとも思う。自分らしからぬことをしていた。
「っん……」
悦楽を与えるというよりはただ印を残すその行為は、にくすぐったさしか与えない。それでも、自身の行為に満足し始めるロイドがかたくなりつつある雄を擦りつける。あからさまな行為の誘発だ。もう始まってしまった、と伝えるなら観念したようにの体から力が抜けた。
喘ぐことをこらえるの意に反して、秘部からは透明な愛液が音を立てながら零れ出ていた。腰が浮き、時折びくりと震えている。
早く終わってほしい。彼女はそう思っているのだろう。
指がふやけてしまいそうなほどにあふれる愛液は、シーツを点々と鼠色に染めている。小さく喘いだが、瞼を震わせていた。ぬれそぼるそこから指を引き抜けば、短く糸を引く。この行為のためだけにあるそれは、彼女の防衛線でもある。
「は、ぁ……ロイドさん。はやく、……ッん」
が息を呑む。悦に熱を上げ、ぼんやりとする中でも、膣の入り口を撫でるロイドの硬い部分ははっきりと伝わっている。一瞬のつっかえなどあってないようなものだ。配慮しているのもあるだろうが、痛いと叫ばないだけの経験もあるのだろう。
ずぶずぶとのまれるように陰茎が埋もれていく。膝裏を掴んだまま腰を進めれば、彼女に逃げ場はない。
「あ、あっ、……ッ!ぁん…!」
得体のしれない生き物のように、内部が蠢いている。まだ馴染んでもいないのに、動くことをせっついている――彼女は頑なに目を閉じているというのに。
ベッドが軋む。
緩い動きにも関わらず、膣壁が絡みついていた。中で体液が混ざり合い、白く濁りはじめている。それがロイドの注挿に合わせ、互いを潤わせながらあふれ、またシーツの染みを広げていく。
刹那、がそれまでより甲高く悲鳴をあげて、いまさら快感から逃れようとし始めた。
「ま……って!ぁ、イ…っや……ァ!」
上半身をくるりと反転させ、這うように逃げ出そうとするの体は汗ばんでいたからか、ていよくすべり出て、傍らの枕に顔をうずめる。彼女の肩は大きく上下していた。
「はぁはぁ。ごめ、……ごめん。ちょっとだけ……っ」
す、と掌を向けられて、ロイドは一瞬だけ逡巡する。刺激が大きいのだろうか。いやしかし、この行為にはつきまとうものだ。
覆いかぶさるように背後にまわるロイドは、なだらかな曲線を描く背にくちびるを寄せる。そして落ちてしまった膝を立たせた。
制止の意を発し続ける手を掴み、そのままシーツへ縫い付ける。と、器用にもまだ何もなし得ていないロイドの雄は、再びの中へ後ろからの侵入を果たすのだ。彼女の呻くような声が枕に吸い込まれた。
「ァ、っん……!」
最奥に届くように腰を押し付けると、柔らかくなった子宮口に先が触れる。膣壁が待ち構えていたかのように、ぎゅうとロイドの雄をしめつけた。
心なしか力強く始まる注挿に、の閉じた視界はチカチカと瞬いている。
平時より乱れた息遣いが、穿つたびにぶつかる肉の音が、窓もなにもない部屋の中で反響する。繋がる奥から始まる官能的な痺れが、ジワジワと先へ先へと張り巡らされる心地だった。誰かに覗かれているかもしれない。そんな危惧すら吹き飛んでしまって、のくちびるは濡れた声を絶えず漏らしている。ぶつけられる欲に飛ばされてしまわないよう、四つん這いでなんとか踏ん張っている。
「っあ、あァ!……だ、め、も……っ!ん……!」
そのまま何度も、の声が上擦りかすれるのも構わずにロイドは腰を打つ。
限界を告げるに、後ろから伸ばした腕で羽交い締めのように肩口を掴み、隙間などないように抱き締めた。固く膨らんだ陰茎に呼応するように、それまで以上に絡み、締めつけてくる。もう潰してしまうのではないかという強さで、更に抱きしめる力を込めて上体を起こさせると、が小さく息を詰まらせた。窺うようにしか見えないが、僅かに知れるその表情はうっとりと悦に満ちている。彼女の悦楽に伴う不規則な収縮にロイドの吐精が促されたのは、すぐの事だった。
行為の根底の如何に関わらず、余韻があった。くたりと脱力して、背中を預けてくるを重いと思うことはない。それなのに彼女は気兼ねして、離れていこうとする。そんな時、扉から解錠の音が聞こえてしまった。そして見てしまうのだ――が安堵するのを。
「良かった〜。はやく出よ」
たくし上げられていた、首の部分が不自然に伸びたシャツを正しながら、彼女はニコニコ笑いながら言う。確かにそうだ。そのための行為だった。
脱ぎ捨てた服を手渡されたロイドは、じ、とそれを見る。
「」
隣といっても差し支えないほど近い距離で、は下衣を履き直している最中だ。呼びかけに、なんの警戒も持たない返事をする彼女を押し倒すことなど雑作もない。ぽす、と軽い音にベッドの木枠が軋む音が混じる。心底驚くほど、はロイドに気を許している。そしてそれを彼は承知している。
だからいとも簡単に彼女のくちびるを奪えてしまうのだ。なんの言葉も発せぬように角度を変えながら貪るなら、ごく、との喉が上下するとともに音が鳴る。
ただ、押しやる動作が彼女の答えなのだ。
「……服を買い直しに行くか」
それでも、怯んだような顔をさせてしまったにそう声をかけてしまうのは――ここを出てしまえば終わるのが惜しくなっている自分の悪い足掻きだと、ロイドは解っていた。