じ、と見つめられるのは得意ではない。男であっても、女であっても、友人でも、家族でも、むず痒さがあってつい目を逸らしてしまうことがある。と、は自覚している。努めて鼻の頭を見て誤魔化すが、何人かには笑って指摘されているから目線のやり方が下手なのだろう。
は両手で顔を覆う。
作り出した暗闇は束の間の現実逃避の場所でしかない。「おい」とその覆う手を引っ張られるだけで明かりが差すのだ。
おそるおそる目線を上げて、人一人分を開けた位置に腰掛ける銀髪の青年を見る。一文字に引き結ばれた口元は不機嫌であると、分かりやすい意思を表示している。隻眼だというのに、陰湿な彼の視線は責めている。
わたしは悪くない。
の本心はそれであって、彼からの責めに異を唱えようと口を開くものの、言葉が出てくることはなかった。居た堪れなさが増大していく。いつもの皮肉があれば、いつもと変わらないだろうに。
彼が何も言わないから、自分も言わないのだ。この状況をどうにかする最適な言葉など思い浮かばない。あるのは“なぜ?”の疑問ばかりだ。
この男は何を怒っているのか?
薄い毛布の下で膝を立てたは、そのまま抱えて顎を乗せる。次いで出たのはため息だった。
「アンタ、魔力がないんだったよな?」
「うん」
「へぇ? 自分を痛ぶるシュミはないと言うのはウソみたいだな」
「は? ナチュラルにバカにしてんの?」
互いが互いに苛ついているのは明らかだった。
チッ、と隠しもせず舌打ちをする男にの眉間もまた分かりやすく歪む。
異を唱えようとして顔を上げれば、鼻先が当たるほどに距離が近い。いつのまにか。仰け反りそうになるのをそうさせなかったのは、ゼロに腕をむんずと掴まれているからだ。
「なんで怒ってんの?」
男の自分に対する感情というものが、まるで理解不能だ。と、の表情から怪訝の色が抜けることはない。
魔力が備わらないのは、自分がそういうものがある世界の生まれではないからだろうし、もう仕方のないことだと受け入れている。無いことを責められてもそれは自分のせいではない。
「どーせ弱いですよ」
やれるだけの事をやってこうなのだから、もうどうしようもないではないか。は続けようとして、しかしそれが同時に自分を惨めにさせるものでもあるから呑み込む。
どうやらゼロは数時間前の出来事を咎めているらしかった。修練の塔に付き合うのは、の仕事の一つだったが熟練というわけではない。長らくこの場所にいて、それなりに経験を積んだところで素質が足りないらしい彼女の実力は平凡の域を出ない。だから高階層になるほどには後方支援を担当せざるを得ない。足を引っ張っている自覚があるぶん、戦力の温存に重きを置いて彼女は無理をする。出陣メンバーに回復魔法を使える者がいると顕著であった。
傷ついた、はずの右腕をかざして見る。黒みを帯びた紫に変色していたそれは血色の良い肌色で、痺れがあるわけでも見た目にわかる傷があるでもない。ほら、と心配する彼に見せつけるように拳を握って見せて笑えば、哀れみにも似た視線を寄越されて、これみよがしの溜息まで漏らされる。
「アンタがいなくなるとコマると何度か言ったよな?」
「……ああ、あれね」
ゼロの言葉には思い当たりがある。が、からしてみればそれは自分には関係のないことだ。だから彼女は言われて思い出した、というほどに彼の言う“あれ”に対して彼ほどの執着はない。
「他にも見つけとけばいいでしょ」
「アンタとの相性が一番イイ」
「比べた結果?」
「ここに来る前の話だ」
“あれ”とは体の繋がりのことだ。二人は恋人関係ではないが、そういった関係を結んでいる。束縛らしい束縛はない。それが、なぜか最近になって怪我をすればゼロがへ苦言を呈することが増えていた。最初こそ心配はありがたいと思っていたも、少しうんざりしてきている。
約束はしていないが、暗黙の了解はあった――はずなのだ。
パズルのピースをはめるつもりなどないのに、そういう独占欲は面倒でしかない。いつからそんな面倒なことを好むようになったのだろうか。皆目見当などつかず、彼の視線が責めるそれであるから居心地が悪い。
「気を付けるよ。エクラくんにもそろそろ潮時って伝えるし」
これで終わり。そうすれば問題はないだろう。はそう思っている。人手もあるのだしもっと細々とした裏作業をやる方がいいかもしれない。それすら及ばないなら、街で働くのも一つの手だ。もう自分以上の戦力など余るほどいる。自分の食い扶持をどうにかするほうが、アルフォンスたちには助かるのではないだろうか、とも。
「だからもうイイでしょ?」
少し投げやりに言い捨ててしまう。面倒くさがっているのが前面に出すぎてしまった。
まずい。と思ってしまったのは飄々とした雰囲気で持論を展開する彼を知っているからだ。それがスゥと鳴りを潜めてしまう。端的に言えば彼のピリとした雰囲気を察知したのだ。
「ごめんてば。でも最近のゼロは――」
再度の謝罪と異議を口にするよりも先に、視界が転回する。大した痛みはないが、逃がすつもりのない束縛の強さがある。上にのしかかられては分が悪いのは当たり前で、は言葉を飲み込まざるを得ない。下手に言い述べたとて、もう遅かった。
「いちおうケガ人ですけど……?」
「治ってるだろ」
「魔力酔いしてて気分が悪い」
「フッ……介抱してやる」
魔力酔いはとうに治まっている。そのウソを見破れるほどの付き合いはあって、ゼロの口角はつり上がっていた。
いつもと変わりない触れ合いが始まるものの、やはり普段と違う。性急に、ただ繋がることだけを目的とするようにゼロはの下着を乱暴に脱がす。何時もならここに、彼の余興のようなものがあるのだが、それもない。
「ゼ、ゼロ、ゼロ! 病室じゃヤバいって……っひぁ!」
「声を出して外に教えてヤレばイイ。立ち入らないようにな」
「なに言っ……やめ……っ、」
愛撫らしいものもなく、ゼロの骨ばった指が無遠慮に秘部に侵入する。生娘でないからか、それとも相応の仲であったからか、違和感は呆気なく別物へと変じていく。とはいえ理性がないわけではない。人に見られる趣味なんてこれっぽっちも持ち合わせてはいないのだ。それをゼロは知っているはずで、最低限の譲歩としてそれは叶えられてきた。だが今はそれがない。の下半身押さえ込んで、ゼロは好きに準備を進めていく。態度とは裏腹に蕩けた秘部にしかりと屹立した雄が突き入れられるのにそう時間はかからなかった。
簡易なベッドは耳障りなほど軋んだ音を放つ。薄っぺらいシーツを握りしめるも最初こそはゼロを何とかいなそうとしていたが、どうにもならない絶対的な差に為す術はない。声を押し殺してやり過ごすしかなかった。
「ん、ん…、ッあ! ……う…ンぅ」
枕を抱きしめながら、我慢できない刺激をそこにぶつける。腰をがちりと掴まれ、ひどく揺さぶられている。子宮を破らんばかりの激しさには苦しさすらあった。その間に間にうっとりしてしまう快感もあった。痛みのあまりに快楽として受け入れているのか、本当の感覚なのか、それすらも分からない。
不意に枕を奪われて視界が開ける。少しまぶしい。そう思っている間に繋がりが深くなる。限界以上を求めるように腰を押し付けるゼロは、舌を呑み込ませる勢いでに口付ける。彼女が苦しげにしても関係ないと言わんばかりに、自分本位に。
反射的に押し返そうとしていたの小さな手が、いつの間にかゼロの服を掴んで離さない。爪が布越しに当たるその真意は、きつく閉じられた瞼の奥にあったかもしれない。
ビク、とゼロの体が一瞬だけ跳ねる。同時に息もまた詰まるが、吐精に促されるように強張りがとけた。
吐精の落ち着きを見計らって、ゼロはゆるりと唇を離す。夢中の跡が糸を引いていたが、プツリと呆気なく切れる。あぁ、と惜しむよりもの瞼がふるえているのが目に入る。緩慢に持ち上げられたそこには、焦点の定まらない黒い瞳がある。そして少しずつゼロを捉えていく。
言い訳をしようとは思わないが、謗りの一つ二つは投げられるかもしれない。
「まだだ」
聞きたくないとでも言うように、の言葉をゼロは奪う。
奥に吐き出した精液が、ゼロが腰を引くのに合わせてドロリとこぼれ出る。面食らった顔はまたすぐに歪んだ。
ベッドが軋む音と、肉のぶつかる音と、体液の交じり合う音と、それらがうるさく響いている。懇願のようにが名を呼んでくるが、行為に溺れた上でのものでしかない。
まだ伝わらない。
彼女の中の自分は矮小な存在でしかないのだ。