※バレンタインネタ
※ちょっとだけRな表現
困った。はうーむ、と傍から見ても明確に“困ったポーズ”で頭を抱えていた。
この世界にもバレンタインというイベントがあるらしい。それは別に良いのだ。参加するもしないも自由なのは当たり前で、当初は見て楽しむつもりだった。それがつい先程、イベントに参加するらしい仲間たちにつかまってしまった。それも良い。自分が元の世界にいた頃にだって友チョコという概念はあった。同性に送り合う程度なら、とも快諾した。問題はその後だ。ぞく、と嫌な視線を背中に感じて辺りを見回した。おそらくこれも悪かった。見つけてしまったのだ。面倒な人物を。気付かなければ、知らなければ、問題は発生しなかった。
「」
「ほら来た」
一人になったところにすかさず声をかけてこられて、はあからさまに顔を歪めた。そうして不快を表したとしても、この男にはなんの意味もないと知ってはいたが、意思表示はするに限る。というのがの考えだ。
「アンタにしては珍しいイベントに参加するもんだ」
「同性相手だからやるんであって、ゼロにはないからね?」
「相変わらずツレないな」
NO、というの放つ言葉の意味を知らなくても身振りで拒絶の意は伝わる。ただ、伝わったところでやはり彼には無意味なのだ。
「期待はしてない」
彼が何と言おうと用意する気はない。縋るでもなく、予想通りという彼の反応に僅かな疑念があるものの面倒事に巻き込まれたくない。楽な方に流されたいからか、その先の懸念を知らず中断してしまう。「あ、そう」と、身勝手に“おわり”を自分で決めてしまうのだ。もうこの話は終わりなのだと。
だから、バレンタイン当日のいま、は後悔している。
約束どおりに同性たちにお菓子を貰い貰われ、卒なくイベントは終わった、はずだった。両手から余るほどのお菓子に申し訳無さと嬉しさを感じながら部屋に戻ったところでそれは起きた。
閉まりかけのドアの隙間にどこぞから手が伸びて、阻む。許しを得るまでもない、というように次いで体が滑り込んできた。ゼロだ。
「げっ、ゼロ! 何しに……」
「まぁ焦るな。ナニももちろんだが、ちょっとした贈り物があるんだ」
「何その色々ヤバそうなやつ」
「アンタを抱くし、プレゼントもある」
「どっちも要らないです」
「遠慮するなよ。なかなかイイ味に仕上がったんだ。ほら、あーん」
「バカなの? 怖くてムリで……むぐっ…!」
悩む彼女など見えていないかのように、問答無用で口に何かを押し込められる。吐き出そうにも褐色の手のひらが口を覆うものだからそれも出来ない。口に入れられた条件反射から唾液が湧いて、舌に味を無理やり伝えてくる。
抵抗が薄れるの口から手を退けるゼロは、彼女の満更でもない顔に満足してから、薄く口角が吊り上げる。
「ほらうまい」
「作ったの?」
「ああ。薬を作るのと大差ないしな」
「全然違うと思うけど……あ、何か入れてる?」
やだなー、と思っても咀嚼を終えて飲み込んでしまった今、どうしようもない。「なにも」と悪びれた様子もなく言われても、素直に信じることはできない。どうしたものかとゼロを見上げても、相好は先程から変わらない。
口の中に余る甘さを唾液が少しだけ薄めて、口の中が落ちつく。ほどよい甘さに、自分から出ていたトゲが少し鳴りをひそめていく。これが拙いんだよなぁ、と思えど器用にまたトゲを出せるワケもなく、困ったようには笑った。飼い慣らされている気がしないでもない。
「ありがとう。美味しかった」
ただ、ふと自然な感想が口からこぼれる。くすぐったい感じがして、早く終わらせたい。しかし、貰っておいて「帰れ」と言い放つことに僅かであれ申し訳無さを感じるのも事実だ。
ゼロはきっとのこうした部分をよく理解しているのだろう。
「しょうがない。ごっこ遊び……する?」
言えば、ゼロは当然だと言わんばかりに厭らしく笑う。その言葉を待っていたと言わんばかりに行動が早い。ストン、と慣れたようにをテーブルの上に座らせると、目線の高さがそれなりに近づく。【恋人】らしく、視線を交わしながらゆっくりと口付けあう。
この馴染みの薄い挨拶のようなそれに違和感を感じるのは当然で、どちらともなく誤魔化すように舌を絡みあわせていく。口内に残る甘さを分け合うように、だんだんと激しさを増していくものだった。
「チョロいとか思った?」
息が上がるのを恨めしく思いながら、訊ねるが答えはない。答えるまでもないのか、そんな事はどうでもいいのか。首筋に顔をうずめるゼロは、好き勝手にそこを何度か甘噛みしては吸い付く。くすぐったさに身をすくめるなら、さわと太ももを大きな手が撫でる。するすると蛇のように隙間を見つけて、早々にその指先は行き先を当にまっている。
「ン……っ」
声がでた。
目を閉じるは無理にそれを隠そうとはしない。ゼロが与えてくる刺激に素直に反応してみせる。いつもなら流されないようにと努めるところだ。そうならない、そういう気持ちにもならないのはとしても不思議なのだが、彼から伝わる体温が妙に心地いいのだ。そういう刺激に飢えていたのかもしれない。そして偶々、ゼロと重なったのだ。きっと。
暴かれた体に、欲望が捻り込まれる。躊躇いのないそれに、驚くほど嫌悪感はない。噛み合った歯車のように、一度動き出すと止まらない。どちらかが動く意志をなくすまで。
そうして久方ぶりに食い合うものだから、歯止めがいつも以上に効かず、明るくなりかける窓を見てやっと自覚するのだった。