不透明な分水嶺
Zero @ FEHeroes
Published 2020/10/26
title by まばたき
「アンタは、仮装しないのか?」
あまりにも不思議そうな顔で尋ねられても、は同じように不思議そうな顔をするしかなかった。目の前の青年はオレンジと紫、それから黒を基調とした装いで立っている。暗部の任を担う彼には少々派手な色合いだ、が、あぁと合点がいってしまった。
数日前から少しこの王国は賑わっている。街中に少しダークなそれでいてポップな飾り付けがされていて、つい昨日から露店が並び始めたところだ。自分たちの世界に似たような祭があった英雄に至っては――つまりこの目の前の青年のように、浮足立っている者も少なくはない。
「私からしたらゼロがそういうのに興味があったことに驚いてるわ」
「レオン様を愉しませるためなら、なんだってするさ」
「ふーん」
「衣装の一つくらいなら調達してやるぞ。暗夜の王族は割と茶目っ気があるしな」
「仮装、ねぇ」
の本来の性格か、それともお国柄というやつなのかは分からない。少なくともは“仮装”には今ひとつピンとした魅力を感じない。もちろんだからといって貶すつもりはない。去年もそうだ、ミルラやサクラの仮装はとんでもなく可愛かった。その可愛い姿を見せてもらえるだけで、十分に楽しめている。それに、当日はそう多くないお菓子をポケットに忍ばせておく程度の参加はしていた。
「まだハロウィンじゃないのに早くない?」
「何言ってるんだ?人間臭さを消さなきゃならないだろ?」
「……そうなの?」
よく分からない。は首を傾げる。このハロウィンというイベントについて、は詳しくない。リーダスのところで世話になっていた時も、そんなイベントは無かった。このアスクに来て、そういえば、と思い出すような馴染みの薄いイベントだ。
「おいおい。人ならざるモノに食われるぞ」
「なんでいきなりホラーになるの」
「ホラーがどういうイミなのかは知らないが……、食われる、と俺は聞いている」
「はいはい」
舌なめずりするゼロの話など、到底信じられるわけもない。おおよそ、都合よく解釈して事に及ぼうというだけの話に違いない。なにせ普段からそうなのだから――。
「まぁ気を付けることだ」
ゼロは言って、珍しくも早々にどこかへ消えようとする。誰かと会うのだろうか。あまりにも爽やかに手を振られてしまうから、思わず倣ってしまうくらいには彼の行動が意外でしかない。はポカンとするばかりだった。
「大変だ」
そうしたやり取りがあった数日後のこと。ハロウィンはまだ先だ。にも関わらず、ゼロは相変わらずの格好で現れた。“大変”という言葉から外れた顔をしていているからか、いまいち彼に乗ってやることができない。「なにが」と読んでいた本からわずかにそらした目線は、本の中の物語をかたどる文字へと興味ないと言わんばかりに戻ってしまう。しかし、一瞬とはいえ目を向けたことは評価されるべきかもしれない。
「当日に仕事が入っちまった」
「それはざんねんだね」
言葉だけなのは他の誰でもなく、発した本人は自覚済みだ。
の声はややトーンが下げられはしたものの、当日に彼と何かの約束をしているわけではない。単純に、祭りを期待していた彼に対しての同情心による、それ以外には何もないのだ。
「すこしは心をこめてもイイんじゃないか?」
今度は返事はない。恋人ではない。まぁ妥当だろう。が、面白くはない。
「たまには仮装でシケこむのも悪くないと思うんだがな」
「またそういうこと言う……あ、」
軽く持っていただけの本は、ゼロがスと、いとも簡単に取り上げる。信用しきっていて反応が遅れたとするなら、
の自業自得に過ぎない。ただかといって、追いかけたり、声を荒げることはない。
「首が痛い。し、机に乗せないで」
ゼロの浅黒い手が、
の体を持ち上げたかと思うとそばの机に乗せる。すると、目線の高さが少し近くなったのをいいことに、細い顎をつかまえて上を向かせた。普段の体勢からかけ離れたそれは地味に負担だ。舌を覗かせるゼロを見止めると、あいかわらずだな、という感想しかない。
「トリックとトリートと、どっちがイイ?」
「エンリョします」
「イベントに先駆けて愉しめるんだぞ?」
「……ゼロだけでしょ」
掠めとるような口づけにいまさら驚くことはない。彼なりのごまかしの一環だと最近になって分かってきた。
「なぁ
。シてもイイだろ?」
「いつも勝手にしてるのに?なに、熱??」
目をそらさない。真っ向からぶつけられてゼロは苦く笑う。それから、何も言わずに薄く唇を開いて距離を詰めるのだ。
「んん、」
「来年はつきあえよ」
「来年??」
不可解だ。ゼロはどちらかといえば、好きモノに類される。自分勝手に事に及ぶのは珍しくないことだ。何ならイベントなんて無視するだろう。そう思っている
は、わざわざこだわる彼の意図を汲むことはできない。なにか特別な日なのだろうか。思い入れでもあるのだろうか。そう思って、彼との時間を思い返すが、いつも唐突に始まってしまっていたし、イベントが逆におまけのような存在であるのかないのかわからないほど霞んでいた。そんな記憶しかない。
「なに。ほんとにどうしたの?あれ?」
「なんだ?」
彼の瞳の色が何色であったか。思い出せない。こんなくすんだ紅い色をしていただろうか?この世界には瞳の色を変えることができるコンタクトなんてものが存在するのだろうか。いやもしかしたら魔法で一時的に――考えても考えても不思議なことに本来の色を思い出せない。顔をつき合わせることは何度もあったというのに。
が何を言うのか。何を言ってきても構わないのか。言わせるつもりがないのか。ゼロは口角を吊り上げたままでまた唇を合わせる。ちゅ、ちゅ、とおおよそ自分たちの間には似つかわしくない行為にも思えるのだが、
は特に抵抗しない。目を見開いたままだ。呆然としているのが正しいのか。じぃ、と行為を甘んじながら、探っているのか。
「イイのか?」
「ゼロ。魔法で目の色って変えられるの?」
「さぁ。魔力に多少の自信はあっても、使い手としてはイマイチなんでね」
問いかけに対する答えをもらっていないことに不満はあるが、なぜそんなことを聞くのか。訊ねたなら、彼女は当たり前に瞳を指差す。「紅い」とも「そんな色だっけ?」とも付け加える。
「俺がゼロじゃなかったらどうする?」
「不審者は捕まえる」
「どうやって?」
「あ、剣忘れた」
「フ、難しそうだな」
「敵なの?」
「いや。物見遊山に少しばかり」
おりてきた。そう言って繋がる口付けはやや深い。ただ先を望んではいないようで、戯れのそれだ。
「アンタにイタズラしたらさぞ愉しいだろうな」
「ハロウィンは部屋にこもる」
「まぁ来年の愉しみが増すと思えば……」
「話聞いてる?」
「戻れるように活力をくれよ」
「聞いてない……」
口を塞がれてしまう前に漏れ出た嘆息などものともしない。唇を柔くはまれるのは嫌いではない。この行為には情がのっているのか、相変わらずわからない。少しずつ深くなるそれに身を任せるのは、単純に気持ちいいからだ。周りに人がいないのも気を大きくさせている。
ただ、この男が【ゼロ】なのだと
が判ったのは、そうして触れ合ったがための簡単な話になる。もう少し楽しんでいたい、という欲を厭らしくも往なす。そして、彼女からねだるのを分かりやすく心待ちにしているのだ。【ゼロ】は。
――絶対言わない。
けれども、
の意地がゼロの嗜虐心をそそるのは事実だ。が、そうした二人の間に厚く高い壁があるのもまた事実だった。