雨が止むまでの間、きみは僕のもの


Odin @ FEHeroes
Published 18.06.25
title by 追憶の苑

 

 突然の雨だった。空にも気分があるのかと思わずにはいられないほど、唐突な変化に翻弄されて、東屋に駆け込んだ。体が濡れてしまうのを厭わなければ部屋に帰ることは可能だ。ただ、あまりにも突然で、反射的に目前の東屋に駆け出してしまったことで濡れて帰る覚悟が消えてしまっただけだ。何時間も続くようなら考えるか、と肩口にあった服に吸収される前の水滴を軽く手で払い、くたびれた椅子へ腰かけた。
 おそろしいほどに静かだった。
 サーっという雨音だけが響く。少しいけば人はいるというのに、青々とした木々にこの雨空は陰鬱さを醸し出して、無人を強調している。濡れてでも戻ってしまおうか、と賑やかな場所への恋しさを覚えて、オーディンは考えあぐね始めていた。

「あれ?いつ来たの?」

 不意に声を掛けられて、オーディンの体はあからさまに跳ねる。ドクドクと早鐘を打つ心臓を抑えながら振り返ると、人が居た。自分一人かと思っていたが、ちょうど柱の陰にでもいたのか先客が居たようだ。ホッとしたのは先客――彼女が仲間の一人だったからだ。

さ~ん。驚かせないでくださいよ。屍兵かと思ったじゃないですか」
「屍兵?」
「あ、故郷の野生生物……です?」

 の疑問に答えても良かったが、思い出すことが自身の精神への負担になるのもあって濁す。と、彼女は深く追求せず、トントンと指先でテーブルを叩いた。座ってもいいか、ということだろう。拒否する権限も気すらもない彼は、人懐こい笑みを浮かべてどうぞどうぞと促した。
 二人は特別仲が良いわけではなかったが、割と早い、英雄たちの数が少数であった頃に召喚された者同士だ。挨拶をしたり、食事をしたりと、極々一般的な繋がりはある。ただ、その後は同じ世界の仲間が召喚されてくるものだから、やはり旧友達と固まることが多く、自然と距離が出来ていた。

「な、なんですか?」
「こうして話すの久しぶりだなと思って。嬉しいなって」

 彼女が言う通り、こうして相手の目を真っ向から見据えて話すのは久しぶりのことだった。城内ですれ違いざまの挨拶、なんてことがここ最近のやり取りなのだ。そして意識し始めるとひどく緊張する。どんな会話が面白いのか、相応しいのか、嫌われないためには、そんなことを考えてしまってオーディンは彼女に返事が出来ずにいる。
 それでもは自身の言葉通り、オーディンと話す時間が持てたことの嬉しさをそのまま表し続けた。

「っ、そんな目で見るなっ……!俺の、俺の中の血が…っ!!む、りです……」

 照れ隠しのためにオーディンが何時ものセリフを口にするが、それすらもニコニコと見守られてしまうから最後まで言い切る勢いを吸い取られてしまう。

「えー、もっとやってよ。好きだよ、それ」

 オーディンは演技かかった発言を良くする。もちろん人を選ぶし、基本的に年上には敬語でと分別ある青年だ。そして好意の一言を真に受けて赤面するほどに純朴でもある。それが彼の意図するものでないとしても。
 口元を押さえ、目を泳がせ、誤魔化せない赤面にうろたえて、まるで観念したとでもいうような溜息をつく。彼女を見れば、自分の一連の行動に動揺することなく、変わらずそこにいる。自分を受け入れてくれる仲間は貴重だ。彼女はいったいどこまで受け入れてくれているのか――。おずおずと手を伸ばし、テーブルにある自分よりも一回り小さな手に触れる。握るには彼の勢いは小さい。これで随分と勇気を振り絞っているのだ。
 やや冷たい気がするその手は触れられるがままで、その持ち主は意に介していない。あぁこれは空振りしている、とオーディン自身は解っている。

「お、俺もさんのこと、す、好きです」

 いざとなればそれは“親愛”とか“友愛”とか扱いにしてしまえば済む話を、気持ちがダダ漏れしすぎてもう無理だ。さらに赤みを増しているであろう顔を隠すには後ろを向くか、逃げ去るか。響く雨音が大きくて、触れている感触があるのにそれは幻とすら思える。だがそんなことはなく、少し俯かせていた顔を上げれば確かに――。
 彼女に待ち人が居ることは早い段階から知っていて、望む返事などないことを知っている。それは貰えるなら最高のものだったと思うが、もとより求めていないことを思い出すとふっと心が軽くなる。

「すごい好きです。さん」

 答えがないのが答えだったが、逆にそれがよかった。の親指は自分に触れるオーディンの手を優しく撫でる。大人が子供を撫でるようなそれだったが、堪らなく嬉しかった。


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