それはくすぐったい気分だった。初めてのことではないにしろ、そうしたことと無縁であったからそれとどう向き合えばよいのか分からない。困惑が大幅に自分の中にはあって、しかし確かに喜びもあった。
強引さとほんのり意地悪さを覗かせたそれに抗う方法が分からない。拒絶の言葉を発しても、あまりに小さく単なるフリと思われてもおかしくはない。付き合いは長くも短くもない。それでも一日に一度は必ず顔を合わせるものだから、相手のことを知る機会はいくらでもあった。そして知り得た情報で、拒絶のレベルを彼が知らないわけではない。自分の声はやはりフリでしかないのだ。
「ロイドさっ……」
グイと押し返すには弱すぎる抵抗を表したとて、ロイドが止めてやろうと思うはずがない。まるで聞こえていないように、けれども宥めるようにキスをする。楽しんでいるのがありありと分かって、同時に安堵した。
ふっと力を抜いて甘受する。おままごとのようで、自分よりも多少年を重ねている彼には物足りないのではないかと思うのだ。
「今日は諦めるのが早いな」
揶揄うそれに思い当たる節はありすぎる。彼は優しく、そして誤解していた。その原因が自分にあるとは心得ている。誤解を解く方法もだ。けれども解けないのは覚悟をもっていないからで、今この時も返す言葉に困って何も言えないでいる。それがまた彼を勘違いさせているようで、“考えるな”とまじないのように言うのだから益々は心を悩ませる。
勢いで付き合い始めたのは否めない。寂しさの埋め合わせだと彼は気づいていただろうし、背景にある事情ももちろん汲んでくれている。付き合い始めて当たり前に分かるのは彼は“彼”ではないことだ。もちろん“彼”には憧れを抱いていた。ただその時、自分は子供であった。そしてその源は寂しいの一言に尽きている。そう自己分析できるほどには大人になったのだ。自分という存在は目の前の彼の歴史の中には無い。自分の頭の中にある思い出は自分だけのものだ。そうすると彼とのスタートラインはゼロなわけで、彼を知れば知るほど違いを見出し、真正面から付き合わざるを得ない。知らしめるかのごとく彼もまた真正面から要求を突きつける。彼がそのいつ来るともしれない答えを悠然と構える余裕を持っていることには感心した。
「そういうわけじゃないんだけど」
気まずさを感じるのは自分の勝手かもしれない。それでもそれに甘んじているのもなんだかなと思うこともあれば、結局はこの思いが何なのか判りかねている。相手の好意にただ身を任せるのは簡単で、確かに心地良い。
「無理強いをするつもりはないぞ」
なんだ、嫌だったのか?と軽い動作で体を放すロイドは不思議そうにを見下ろす。その顔に幾度となく待ったがかけられたが故の食傷はない。言えば彼は不満を漏らすことなく当たり前のように彼女の気持ちに添う。これまでずっとそうだ。有言実行を貫くところは同じで思わず笑ってしまって、合図になった。
それまでとは打って変わるキスにの喉が鳴る。あ、ヤバい。なんて思っても強引さに物を言わせて止まる様子はない。ベッドの軋む音が先を望む野次のように聞こえる。不安は募る。首筋を軽く食まれると体が跳ねた。きっと何時ものイタズラに違いない。とは楽観的過ぎた。互いに。
「――まずい」
自制がきかなくなったら覚悟してくれ、とつい先ほど言いはしたものの、彼とて想定外だ。自制心など結果論だと都合のよい解釈を振りかざしても良いのだろう。けれどもやはり言葉にしてこの状況は少しばかり早すぎる。あまりにも格好悪い。
顔を隠したままで荒くなりかけているそれを押しとどめる。ほんの少し、時間があればできるはずで――今までは出来ていた。ただ何時もとやはり違う。どこであれ触れられてしまえば懸命に抑え込もうとしている努力が削がれるというのに、何を思ったかが頭を撫でてくる。興奮した幼子には効果的であったかもしれないが、健全な大人の男にそれはない。好きな女と触れ合っていることが原因だというのに、時折彼女はさらっと残酷だ。どうしたものかと、悪気のないそれを払うことも出来ず甘んじている。自分のペースへ引き込んでいるのを知ってはいる。そしてそれを彼女が少なからず望んでいるのもだ。遠慮か何なのかは分からないが、彼女の自発的なそれは新鮮で正直なところ嬉しくも思う。
それは賭けだった。
ロイドは体を起こしながらの体も起こす。唐突のことに彼女が抱き着いてくるのは想定済みで、少し高い位置に彼女の顔があるのは膝の上を跨らせているからだ。
「」
もどかしさを覚えるようなことは言わない。ただ名前を呼んだ。何を言いたいのか、それくらいは分かる付き合いには到達している。返事をする余地を残しながらの軽いキスをするものの、返事を待たずして服の中へ手を差し入れ、柔らかな素肌を撫でる。そうした行為が初めてであるからか、の体はビクリと反応するのだが、否という言葉も、行為を咎める拒絶の行動もない。先を促すこの行為を甘んじるのだからそうなのだろう。無理をしていないか不安ではあったが、そうした部分は割と正直であるのを知っている。そう信じたい気持ちでロイドは一度彼女から離れた。
言葉が見つからないのか、了承の言葉を発することが酷く恥ずかしいのか、の顔は紅い。言質を取る必要はない。彼女のその態度が答えだとロイドは自身のシャツを脱ぎ捨てる。いよいよ後には引けない、と彼女は少し怖気づいてしまったかもしれないが、構うことなく彼女のシャツをも取り払った。
胸元を隠そうとする手を取り、倒れこみながらロイドはの唇を塞ぐ。自分より少し冷たい、それでいて柔らかい体は心地良い。胸を潰さんばかりの勢いで体を押し当てながら口内を侵せば、苦しさに声が上がるがそれすら甘美な響きだ。答えんとして彼女からも差し伸ばせる舌の厭らしさが益々気をよくさせる。跡を残す勢いで口角を、首筋を、鎖骨を、胸元を、と音を立てながら愛する。こうした行為に慣れていないのか積極的な何かがあるわけでないのが残念だが、まだ始まったばかりだ。焦ることはない。
程よくなじむ胸を手中に収め、弾力を楽しめば気恥ずかしさに身じろぐ体が徐々に熱を帯びていく。ツンとした乳首に音を立てて吸い付くと彼女の下半身が切なげに揺れた。コリコリとかたくなったそれを舌先で弄ぶ。不規則な吐息が頭上で聞こえると気分はいい。そのままひどくなぶりたくもなるが、彼女がどこまで慣れているか分からない。露わになっている胸から腰元へ、そこから未だ払われていない下衣へ手を伸ばし脱がせるとそこに抵抗はなかった。
うっすらと繁る中に隠れるようにしてある局部に指先で触れる。僅かに内部からあふれた愛液が絡んでくるのを、割れ目へと撫でつけた。おそらく彼女の心とは裏腹に体はそれに向けて準備を整えていく。ちゅくちゅくと音が鳴りはじめると、太腿を掴み、指を突き入れた。性急過ぎることは自覚していた。
「ぁっ……!」
指にまとわりつく内壁の熱さと柔らかさは知らないものではない。いや、先を知るからこその期待が既に芽吹いていたのかもしれない。指を根元まで埋めているだけでピクピクとそこは反応を示した。ぐるぐると円を描くように中を拡げると厭らしい音が指に絡む。拒絶には程遠い声はただの甘えにしか聞こえず、宥めるようにして塞いだ。
「んんっ、ロイドさっ……」
感覚から逃れるように腕を突っぱねてきているのを知っているが、嫌なのかと少し動きを止めてみても、彼女はただ恋しそうに増やされた指が挿れられたままのその部分を切なげにくねらせるだけだった。目を閉じて、自身で腰を動かして先を得ようとしている。最高の煽りに思えて、ロイドは自身の残りの衣服を脱ぎ、当に硬くなったそれをあてがった。
膝裏に手を差し入れ局部が見えるように足を押し開く。熟れたような紅さが覗いて見え、誘われるように腰を進める。ゆっくりと、つかえると少し引き、決して焦らない。漸くすべてを埋め込んだとき、ロイドは息をついた。
女を抱くのは随分と久しぶりだった。あの世界での最後の数年は環境が目まぐるしく変わり、気力が随分と削がれていったものだ。足掻いてもなにも変わらず、無残に奪われていく現実に余裕など生まれるはずもない。一時の逃避すら許されない程のものだった。
人肌が心地良い。所在無げな手を取り唇を寄せる。うっすらと開かれた瞳が細められると、なすがままであった彼女の手が意思を見せる。頬を撫で、耳朶を摘まんだかと思うと首筋へ触れてくる。うなじへ触れつつもわずかに上体を起こすはロイドの後頭を掴んで顔を引き寄せた。
腰だけを動かす浅い抽挿で子宮口をつつくとの顔が歪む。声を出すまいとしているそこへ舌を潜り込ませると呆気ない。
「やっ…ぅ、んっ、あッ!」
両手を頭上へまとめ上げながら押し倒し、抱き締めるように体を密着させる。結合部から溢れだす体液が厭らしい音をたて、シーツを濃く染めた。
「アっ、ぁ!はっ……んぅ、…ッ」
耳元で聞こえる不規則な呼吸と喘ぎ声。されるがままであるのかと思えば、放さないように足を絡めてくる。
体の熱が上がる。息も上がる。目を閉じ、感覚を澄ませれば単純にあるのは快楽だ。少しずつ抽挿を深めるとの体がびくりと震えた。それは確かに期待を表したもので、顔を覗き込めばきつく閉じられていた双眸が薄く開かれる。キスをねだるように唇を尖らせてくるのだから応えないわけにはいかないだろう。まとめ上げた両手が逃げたそうにしていて、自由にしてやれば顔へ伸ばされた。
「ロイドさん……ちゃんと気持ちよくなってる?」
ロイドの顎にある無精髭を気持ち良さ気に指の腹で撫でるは訊いた。床上手でないどころかそもそも経験値が低い身であったから、不安になるばかりだ。彼の優しい腰づかいは怠惰に享受し続けたくなるほど心地良い。だがセックス自体はもう少し乱暴な性質をもっていた気がするのだ。
途端にグイとロイドが腰を押し付け痛みすら覚えるほど子宮口を刺激する。
「つっ!」
「単調で飽きたか?」
意地の悪い返答と同時にの足を抱えてぐるりと体を反転させる。繋がったまま抜けないように腰を掴んで膝をたたせるロイドのものは萎える様子はない。
腕を突っぱねて体勢を彼女が整えるよりも先に抜ける寸前まで引き抜いて強く挿した。
「ン゛っぅ!」
尻を突き出す体勢に恥じらいを覚える暇はない。性急に激しく押し寄せる快感の波が考えるという行為を奪う。体を支えるのは倒れないようにとの反射だったのか、快楽を得たい本能だったのか、ただ大きすぎる感覚に頭が痺れてきている。ぐりゅぐりゅと膣壁を何度も力強く擦られて無意識の喘ぎに気付けないでいる。
体の火照りが心地良い。肉体的な満足が強すぎて求めることに躊躇いもない。
「あっア…ッ、きも、ち……イっ」
お願い、と後ろ手に腰にあるロイドへ手を延ばせば耳元に弾んだ息遣いが聞こえて、彼が覆い被さっていることを知る。肩口に、背筋に、まばらに唇を落としながら律動に合わせて揺れる胸を弄る。浅い律動に戻ったとしても、体がほぐれているからか触れ合う部分が増えている事実が気持ち良さを増大させている。背後から回された太い腕が体を起こすように促してくるのに従えば、その手は顎にかけられて後ろを向かせられる。そのまま深く貪るようなキスを絡めた。
動きを止め、舌を吸いあう。同じ行為を求めあっていることが、今に行きつく結果で、細かいことは気にするだけ無駄だ。悪いことを想像することは容易い。けれども選ぶのは自分で、今この時を選んだ相応の覚悟くらいはあった。
どちらともなくその行為に満足すると吸いあうことをやめる。瞳をあければ同じように熱に浮かされた物があって、それはすぐにそらされたが問題はない。ロイドはの中におさまるものを引き抜き、やおら仰向けに押し倒す。そして膝裏を持ち上げると淫蜜に照らされたそこへ突き立てた。
「あンっ、あっ、あぁッ、あっ…!!」
力強く始まる律動にゆさゆさと体を揺さぶられ、迫る波に逃れようとしても腰をぎっちりと掴まれてしまうと逃げようもない。彼の動きにされるがままでなければマシなのかと足を絡みつけたところで、繋がりが深くなって意味もない。シーツを掴み、いやいやと首を振ってもここまできているのだから聞き入れられるわけがないのはとて理解している。腰にある腕を掴むと一層揺れを全身で受け止めざるを得ず、快感が深くなる。行為の激しさが胸を激しく揺さぶる。普段からは想像つかない姿は確かな視覚効果があった。
悩まし気に歪んだ表情が、動きに合わせて漏れる喘ぎが、乱れる吐息が、揺れる胸が、溢れる体液が、それらすべてがロイドに因るもので男にある征服欲を十二分に満たしている。“彼”を考えずにこうして応える姿を見るだけで満足するなど、女々しい気もするが、感情はやけに正直で認めざるを得ない。
深いキスをした。苦しくなるほどのそれから逃れられないように体を密着させると、拙くも大胆に絡み返される。いや、やや彼女の方が積極的でさえある。
「ふ…、んんっ、…んッ、ッ…!」
感覚が極まるに従い、抱擁の力をこめる。爪が立った気がするが、その痛みすらも快感の一部だ。細かいことがどうでもよくなって意識が融けるような感覚だ。のぼせたようなそれに似ていても体は動く。本能的に。
の下半身が一瞬強張って、喘ぎ声が途切れる。刹那、ぎゅぅっとそれが締め付けられた。まるで彼女の絶え絶えの息のようにひくひくと奥が痙攣している。同じ場所に手招くそれに抗う理由はなく、誘われるがままにそこへ到達した。
女性に預けるには重たいであろう自身の体をそれでも預けてしまったのは信頼の証拠だ。心地良さに無防備になるなど随分と久しい。
ツンと髪を引っ張られる感触に顔を上げる。
「――おいっ、くすぐったい」
額に、目尻に、頬に、彼女らしからぬ愛情表現に正直ロイドはたじろいだ。恋人とはいえ、彼女からのそうした行為は滅多にない。兄のように慕ってくることはあった。おそらく“彼”に対するそれと同じだ。これからも消えはしないだろう。
「あ、ごめっん、……つい」
はた、と正気に戻るは固まる。自分の両手の中にあるロイドの顔が思いもよらぬほど間近だ。振り払うこともせず、その状態を受け入れる彼は小さく笑う。
いつもそうだ。優しくないと言いながら周りが羨むほどに彼は優しくしてくれている。したいことをしているだけだと言うのだけれど、そう何度も自分の望みと合致するなんてあり得るわけがない。けれどもそれを詰問したところで何の意味もないのが分かっていて、彼から与えられる選択肢は実に単純明快で――受けるか、否かのそのどちらかしかない。そしてどちらを選んでもロイドは機嫌を損ねたりはしないし、その理由を問わない。
じ、と見つめてしまうと、なぜこの男が自分の物になってしまったのか不思議でならない。それくらい自分には不釣り合いな相手だとは思っていて、気後れもあれば、優越感も素直な喜びも確かにあった。“彼”と重ねる部分もある。けれども違う。
言葉にしてしまえば呆気ないほど簡単に伝わることを知っているのに、はしばみ色の澄んだ瞳を真っ向から見てしまうと、射抜かれたように動けない。好きで好きで仕方のないその瞳には筒抜けな気もするのだが――。
「好きだ、」
望む言葉を先回りされてしまって、ただただは頷く。ひどく赤らんだ顔で、蚊の鳴くような声で、伝え忘れてしまわないように答えるのが、今の彼女の精一杯だった。