未だ答えは出る事なく


Lloyd @ FEHeroes
Published 18.09.18
title by 追憶の苑

 

 はたじろいだ。何時ものように夕食を終え、天気が良ければ庭を散策する。他愛ない話をし、星を見上げ、言葉を悪くすればごっこ遊びのようなままごとめいた関係を繰り返していた。今日もそれで一日が終わるはずで、少なくともはそのつもりでいた。それを打ち壊すつもりはまだ暫くはなかった。

「も、もしもし?」

 上擦る声に格好悪さを感じ、いつも通りの自分を演じようとしても、彼がそうさせない。覆い被さる気迫といえばいいのか、委縮させるそれは恐怖ではないのだが、下手なことを言えないと本能的な何かが知らせていた。
 珍しくまだ時間があるから酒でも飲もうか、という話になり、食堂の隅で簡単にそれを済ませるのが常であったのに違った。何を思ったか、彼――ロイドは部屋へと誘うのだ。誘いに乗るべきか逡巡するものの、如何せんはロイドに甘い。というよりも妄信の如き信頼を置いている。その為これが、今起きている状況を招いていると理解したとして、次同じことが起きても回避出来るかは解りかねた。

 がロイドという男と恋人という関係になって確かにそれなりの時間は経った。
 ロイドは彼女が良く知る“彼”と同じだ。ただ、“”という存在が彼の人生に関わるかどうか、それだけ差異となっている。つまるところ、彼のその衝動は理解出来るといえば出来たし、出来ないといえば出来なかった。

 自分に自信があるかといえば全くない。剣の腕前など自分よりも上の者はたくさんいれば、当たり前に彼には遠く及ばない。魔法の心得もなければ耐性もなく、どうにか自身の世話が出来るくらいでお荷物とすら感じている。そんな自分を彼が選んでくれたことは今でも夢のような心地しかない。

 骨ばる手は割と綺麗で、無骨者だという割に優しい。やんわりと頬を撫でられては思考が停止する。それを見計らったかのように近づく顔に、予想通りのそれに、抗う術などない。優しいのか、そうでないのか、よく分からない口づけは短く何度も続けられた。ただただ唇を軽くつつくようなそれが、抵抗がないのを良いことに舌先を覗かせて煽る。そこで漸くはロイドの腕を押しどけるようにやおら抵抗してみせるのだが、彼女の気持ちは陽炎のごとく淡く頼りないもので、彼はそれをよく解っていた。
 初めてのことではない。これ程のキスならば交わしていた。

 ただ、慣れていない。

 下手に体に触れ、先を促す愛撫はない。ただただ、キスがある。
 求められるそれを受け入れ、薄く口を開けば当たり前のように侵入するものだからぞくりと肌が粟立つ。
 舌を絡める音が、明かりのない部屋で響くそれだけで気分が盛り上がる。そうした情は確かにあった。

「……っ」

 いつのまにかねだるように腕を回している自分に気づいたは我に返る。こうしたことは初めてではないのだが、思うことはいつも同じだ。彼の優しさに甘えるだけの自分は彼を苦しめているのではないか。体を差し出すのは彼をバカにしたことにはならないのか。いや、体を差し出す覚悟は出来ているのか。
 の記憶にあるロイドと目の前にいるロイドは世界が異なる。それを知ったうえでの関係ではあるが、確かに在った過去は消せるはずもない。伴う情に簡単に折り合いはつけられていない。

「考えるな」

 難しい顔をしているに気付いたのか、ロイドは短く言う。YESともNOともとれる短い声が上がるが、そのどちらであっても彼には関係ない。彼女が悩むのは当たり前のことで、後ろめたさを感じるのも当たり前のことだと知っている。そして折り合いをつけるのは他ならぬ彼女自身で任せるつもりでいる。ただ、そう――いい人ぶるつもりは毛頭ない。
 彼女は誤解している。優しいなどと褒めてくれるが、そんなことはない。偶々そうしたい衝動に駆られて、格好悪くない理由を口にしていたらそう印象付けただけの話で、幸運に事が運んでいるのだと彼は捉えている。

「俺のやりたいようにしているだけだ。気にするな」

 それは本心だ。触れたくなったから部屋へ誘い、思うがままに行動にうつしている。先を望まないといえば嘘にはちがいないし、一般的な欲はロイドにもある。時折、弟に近況を聞かれありのまま答えると肩を慰めるように叩かれることがある。しかし事実は変えようもなければ、今はそれで満足できているのだからどうしようもない。彼女への言葉も至極まともで適切なものだとロイド自身は思っている。
 何かを言いたそうにしてそのまま開かれたままの口元へ自身のものを寄せると、は小さく息をつく。と同時に首へ腕を回してきた。先延ばしのそれを選んだらしい。

「ロイドさんのその自制心が凄いと思う」
「崩壊したら許せよ」
「え゛!?」

 さもありなん、としれっと答えるロイドは意地悪い笑みを口角へ浮かべる。自制などあくまで結果論であり理性の範囲内の話で、それを超える欲を今まで持たなかったに過ぎない。

「なるようになるだろ」

 そのうちやってくるであろう決断の時のことなど想像もつかない。
 ただ決めている。

「泣かせない。それは約束する」

 彼女へ約束できることなどそう多くはない。自身の言葉への返答が出かかっていたようだが構わずロイドは口を塞ぐ。
 が感じる怖さも、後ろめたさも、彼はよく理解していた。


我が家のロイドは割と自分勝手です。
この先を書きたいような気もしつつ需要あるのかっていう。
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