「あっれー、ロイドさんだ」
「お前、何故ここに…」
戦場には不釣り合いな明るい声が響いて、とある人物二人は剣を構える手を休めた。
不思議なもので二人は知り合いだが、この戦場では敵同士だった。
ただ詳細な情報を一人――が知らず、敵方のボスへ近づいたところ知った顔を見つけての言葉だった。
ひどく懐かしい。
彼女の声を間違いなく頭は覚えていて、彼らしくもなく振り向いて驚いてしまったのは馬鹿だった、と彼は後々悔いることだろう。
任務中はどんなことがあっても気を取られてはならない。
身内が討たれたとしても、仇を討ったとしても激情の侭に群れを率いてはならないとは、彼の信念だ。
「ロイドさん。ロイドさん」
「どうした、?」
そうした自分の信念を、向う見ずな弟にロイドは良く説教という名で説いているのだが、自分がこのザマでは偉そうなことは言えない。
未だ戦闘体勢に戻ることもなく、名を呼ばれてはあの頃と同じ姿勢で接しているのだから益々弟には偉そうなこと言えないだろうなと思うのだが止まらない。
どうにも昔から彼女には甘いのだ。
10年以上も前の話だが、は黒い牙に所属していたことがある。それもつい最近までの話だ。
だが黒い牙の一員というよりはリーダス家の一員だった。
良い部分も悪い部分も知り得た家族同然の間柄だった。
そんな彼女がひょいと旅に出て3年程だが、まさかこんな出会いをするとは思ってもいなくて、心底驚いている。
「何でロイドさんは私たちを襲ってるの?」
の言葉に対する返答など決まり切っている。
「「任務だからだ」」
やっぱり、とが笑みを深くするが彼女は事の深刻さを分かっているのか、とロイドは心配で仕方がない。
釣られて笑う自分にも同じことは言えるのだが――。
「一年前も黒い牙と戦ったよ。
か弱い姉弟を襲ってたから、私の知る黒い牙と違うから、勝手に名前を使われてるのかと思ってた」
一転して、責めてくる。それもやんわりと。
知らない話ではない。耳にしていた話だ。
異を唱えはしたが遂行されたのなら、見過ごしてしまったも同然に違いない。
「義賊も廃業になっちゃう?」
「いや。俺達は俺達のままだ」
燻る疑念が何時まで経っても晴らすことが出来ない理由など分かり切っている。
カチャリ――納刀する音が聞こえてロイドは顔を顰めた。
「。馬鹿なことをするな」
「大丈夫。
ロイドさんの獲物を横取りしようとする部下何て居ないはずでしょ、だってこれは『ロイドさんの』群れだから」
だが、この混乱に生じて誰かが何かを起こさないとは限らない。
見誤った者が彼女を斬ることもあり得るのだ。
が命を懸けて剣を握る年数はロイドに比べれは格段に少ない。
だからロイドは危なっかしいと思うし、出来ることなら今、自分の後へ――安全な場所へと置いておきたいとすら思っている。
例え敵であっても――鋭く迷いを突いてきた彼女を容易く斬ることなど出来るはずもない。
「ライナスだったら話が通じないだろうから…助かったよ」
「まるで俺がそちら側につく口ぶりだな」
「結構自信あるよ」
どうぞ、いらっしゃいな。
彼女はそういうように手を差し出してくる、戦場の真っただ中で。
ロイドは暫くはその手を見つめていて、けれど納刀しきれない自分が居る。
ここでも踏ん切りの悪さが出てきて、それが誇りであったかは良く分からない。
元はといえばこの戦いは彼らの力量を見定めるために仕掛けたもので、仲間にも無理をしなくて良いと伝えている。
逃げても良いと伝えてある。
気付けば劣勢になっているのだが負けるとは思っていない。
それはどうでも良いのだ。
全ては彼女が居たことへの驚きが全てを鈍くしている。
だから気付けないでいた。
何時だっているのだ、隙を狙って利益を得ようとするものが。
「だからお前は危なっかしいんだ」
――――風を斬る音が真横でしたのをは感じて、その素早さは世話になっていた頃に少し訓練を付けてもらっていたから知らないものではない。
知らないものではないけれど、久しぶりすぎて、そしてあの頃よりも確実に速くなっていて片側だけで目を閉じた。
小さな呻き声を聞くよりも、差し出した手を取られ、抱き寄せられ、背後にいた山賊の死に様を見ることの方が理解には断然早かった。
「久しぶり。この腕」
嬉しそうにはにかんで見せたにロイドは溜息を吐く。
彼女は簡単に言うけれど、事はそう簡単ではないのだから。
「俺はブレンダン・リーダスの長男なんだ」
「うん」
「それにニノという新しい妹がまた哀れなんだ」
「そう」
彼女がいくら手を差し伸べても取ることは出来ない。それが理性の導き出す答えだというのに。
彼女を捕まえた腕が云う事を利かない。
理性で抑えることなど慣れているはずだというのに。
「ロイドさんなら出来るよ」
すっぽりとその腕に収まれば、つい昨日の事のように思い出せる暖かさ。
視界の端に呆気にとられている味方がちらほらと見えたがは気にしない。
「簡単に言ってくれるな」
「だって自信家なところを散々見せてたんだから貫かないと。貫く部分、違うんじゃない?」
そんな暇はなく、彼に伝えるべきことを伝えなければならない。
翻弄される彼など彼らしくなく、見たくもない。
賭けの一つに過ぎないのだけれど、彼の強情さを知らないわけでもないのだけれど。
分かっている。
行動が出来ていないからこそ蝕まれている。
内部に居ては、時として鬼とならなければ為せないことなど当に知っていた。
父親の存在を、哀れな義妹の存在を理由にするのはただ事を後回しにしているに過ぎないと――。
「それにロイドさん居ないとライナスは絶対来ないからね。
先に味方につけとかなきゃ」
「あいつは俺以上に強情で厄介だぞ」
「だから、そうなってもロイドさんがお兄ちゃんらしく前みたいに怒りの鉄槌で分からせれば済む話」
「………お前、ライナスに殴られるな、絶対」
「大丈夫。逃げ足はレベルアップしてるから」
そういってするりと風のようにロイドの腕の中から離れるは剣を抜く。
それは戦いのためではない。
大きく、大きく、目一杯に空へ届くように腕を伸ばしてリーダーたちへ知らせる。
「さて、ロイドさん。挨拶回りに行きますか」
「おい‥俺はまだ…」
「ほら行きますよー」
昔話を交えての会話は明るい未来を確信して。
――君に届く距離だから笑顔が零れ落ちた。