普段は前髪に隠されたそこに


Lloyd @ FEHeroes
Published 18.05.02
title by 追憶の苑

 

「あれ?ロイドさんは今日は出なかったの?」

 頭上から声がして初めてうたた寝をしていたのだとロイドは気づいた。自分のかつての世界であったならあまりにも無謀で迂闊にも程がある。春の陽気がそうさせた、というのはただの言い訳と分かっている。それでもそうなってしまったのは、やはりあの時ほど緊張感がないからなのかもしれない。
 アスク王国に異界の英雄として召喚されてしばらく経つ。戦いに駆り出されることは確かにあるが、召喚士のエクラは週に数度という頻度で召喚を行う。人の増加は右肩上がりだ。というのは、なぜかこの世界は戦いに出て負けてしまっても“死”がないのだ。痛みのある怪我を負うに留まる。命を失うであろう一撃を受けてしまっても、気づけば再び在るのだ。元の状態で。
 それを理由にしてしまっていいのか。だからといって向こう見ずなことをするつもりは無いし、反対に手を抜くつもりもない。期待される以上の成果を上げる、その努力は怠るべきではない。目指さなければ到達は難しいことが多く、到達したところでその品質はどうだ。満足するには努力する以外に道はない。
 分かりきっていることを再び言い聞かせるようにして、横たわらせていた体を起こした。

「昨日召喚した英雄の力を確認するそうだ。
 、座ったらどうだ?」

 ロイドは声をかけてきた彼女に隣を促した。彼女は同じ異界から召喚されたというが、ロイドには記憶にない。敵対勢力側なのかと思えば違うという。彼女は黒い牙に世話になっていたというのだが、やはり記憶にない。そんな馬鹿な、と思っていてもどうやら世界には似たものがたくさんあるらしい。そしてそれはそれぞれが小さく異なっている――パラレルというらしいのだ。彼女はその似た世界の方からやってきたのだろう。ただ、普遍的な――たとえば歴史的な出来事については共通なのか認識できている部分はあるから、ロイドの世界にとっては“”という存在が異なる部分であるらしかった。

「探したのか?」
「ご想像にお任せします」

 は人当たりの良い笑みを浮かべてロイドの隣に座り込む。今日は日差しが強い。下手をすると熱射病になるほど日差しに当たると暑くなる。大きめな木を選んだのは正解で、太陽が真上に来てなお影は健在だ。時折吹いてくる風が心地よい。
 考えてみればこんなにも穏やかな気分でいられるのは久しぶりのことだった。
 おもむろに傍にある膝に頭を乗せる。が何も言わないのをいいことにロイドはもう一度目を閉じた。眠いわけではない。ただ、じっと見つめあうのが気恥ずかしいだけだ。気の利いた会話も思い浮かばない。そうした部分は朴訥としていて申し訳ないとも思うが、彼女は大して気に留め無いようで助かる部分ではある。

「逃げられたか?」

 ふと思い出してロイドは言った。敵から逃げる、という意味ではない。彼の示す逃げる相手、とは同じ陣営の女性たちのことだ。というのも、ロイドとはこの軍内で初めてで唯一の恋人という関係性を築いていることにあった。娯楽の少ない中ではこの手の話は良い暇つぶしになる。しかしそれは女性によくいえることであって、ロイドへの影響はほぼ皆無といえた。だから彼はやや他人事のそれで彼女をからかうのだ。
 確か、同じ世界からやってきたシスター――小柄で生意気でよく口が動く、が印象の少女に質問攻めにされていたのを朝食の場で見た。に朝の挨拶を、と思って止めたのはそのシスターの側に目を輝かせる女性が3人ほど居て、更には当人であるからの縋りつくような視線を向けられたからだ。下手に声をかけてしまえば巻き込まれるのは容易に想像できた。いや、彼女たちから話しかけられることはなくとも、が自分を放そうとしないだろうし、興味のない話に付き合わされるのはごめんだった。

「ロイドさんが私にぞっこん。て言っておいたよ」
「……」
「否定しにいく?」

 だが彼女は彼女でしっかりと仕返しを講じている。しかしそれはロイドをとても困らせるものではない。ただ少し彼が戸惑えばはそれで満足する。その程度のものでしかない。
 参ったか、というように鼻をつまもうとする彼女の手を止めようとしたが、その手は目的地を変えて額の上におさまった。僅かに冷たいのは女性特有なのか、剣を持つには不似合いなほど柔らかい。

「放っておく」
「嫌じゃない?」
「ぞっこんだからな」
「まずい。これじゃあ本当にバカップルだわ」
「お前が仕込んだも同然なんだが」

 自業自得だ。とロイドはぼやいて片方の目だけを開いて見せる。はこれからの自分の評価がとてつもないバカの代名詞になるのではと危惧しているようだが、それも一瞬だけのことで諦めはついたらしい。微かな溜息が彼の前髪を掠める。

「なんならお前が人気者になれるようにしてやろうか?」

 日の明るいうちからバカなことを言っているとは分かっていたが、ロイドは言わずにはいられなかった。生娘なのかどうかは知らない。彼女の知る“ロイド”とはそういう関係ではなかったらしい。そして彼女は曰く“烈火”の世界へも飛ばされてきた存在で、本来の在るべき世界での生活は互いを知る雑談の中で聞いていて、中々興味深い。
 そうしたことに持ち込めるならそれはそれでいいし、何時ものように単なる雑談で済ませても良い。口実であることを否定するつもりは無い。このという女性にただただ興味が惹かれるのだ。この馬鹿正直に面食らった顔――。素直なところは可愛いと思えて、思わず笑ってしまう。義妹とは違う愛しさがあり、見ていて飽きないなどと思うほどには情を抱いていることに彼自身が驚いた。そして自身の気持ちを否定するつもりはない。
 リラックスしているのか、横たわらせた体を起こすのが億劫だ。名残惜しさを感じつつも起き上がり、それをじぃーっと観察するへ手を伸ばし抱き寄せる。そういえば何時かも同じようなことをした。

「お前のロイドが召喚されたら間違いなく殺されるだろうな」

 あぁ、なんて気分がいいのだろう。柄にもない優越感を感じるのは独占欲を得てしまうほどの、いやもう彼女を得ているつもりなのかもしれない。まだそんなことにすらなっていないというのに。

「あら情熱的」
「好きだろう?」

 探り合いのそれを揶揄いと取るか本気と取るか、自分に良いように受け取ればそれは随分とお目出度いが、あながち間違いではないはずだ。特に嫌がりもせずに甘えられると尚弱い。こうして腕など延ばしてこられたなら尚のこと。仮に彼女にその気がなくとももう自身がそこに引きずり込んでしまいたくて仕方がない。

 普段と変わりない声音であったはずだ。少なくとも彼自身はそのつもりだった。

「ロ、イドさん!ずるいからっ……!」

 はロイドの声が好きだ。いやそうでなくとも耳元で話しかけられるとくすぐったいもので、そこに感情が乗ってむず痒い。日中で、誰かに見られる心配もそういった感情を増幅させているように思う。思わず力を入れてそれ以上どうにかならないように拒否の意を示しているが、とりあえずはその先へ強引に持っていくつもりはらしく――含み笑いを耳元に受けると負けた気分になる。
 昔からそうだ。いや、彼との付き合いは浅いのだけども、根本的に同一人物であろう彼はよく似ている。そう思うと次は不思議な安堵感を覚える。するともう体は勝手に動いていて、拒否のそれは受容となる。服を握りしめると合図になるのは幾度か経験をしているからわかっている。そしてそう促すのは望んでいるからだ。
 “彼”を忘れることは出来ないし、それとこれとは別だと思っていて。それでも今の彼に好意を持っているのは事実でそれは断言できるのだが、履き違えていないかと詰問されてしまうと少し詰まってしまうかもしれない。でも彼はそうしない。そもそもそれはあり得ることだと想定しての関係で、突き詰めるにはまだ早いと暗黙の了解事項なのだろう。
 宥めるように背を撫でられると年甲斐もなく落ち着いてしまう。依存なのではないかと疑うくらいに自分に自信など持てていない。

「ほら」

 促すその言葉を払いのけるほど、野暮ではない。
 顔を上げれば余裕を崩さない笑みがある。悔しいことに好きな表情の一つで文句を言う気概は根こそぎ奪われる。筒抜けの状態のそれは了承以外の何物でもない。とすれば、ロイドの行動の移りは自然なものだった。
 ふわりと風が吹いて、前髪で隠れているそこが見え隠れする。ぴろぴろとしているのが気になって手を延ばせば、何となくそこで良いか、なんていう適当な気持ちになる。残念がられるならそれはそれで悪い気はしない。ただ触れるだけ、挨拶とすらいえるそれは実に呆気ない。味わうこともなく、一瞬だ。それでもあるこの充足感は何だろうか。漏れてしまった吐息は合わせて体から力を抜けさせる。

「これなら大した餌にはならないだろ?」

 その先を今は望まないように、自分に言い聞かせるように、ほんの少し仰け反って言う。ちょうどがロイドの膝に乗っているような状態で、彼はやはり余裕ぶって言うのだが。

「壁に耳あり障子に目ありっていうでしょ」
「知らん」
「ですよねー」

 悲しくも彼女の言葉の意味を知るのはその日の夕飯時だった。


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