慕情の色彩


Lloyd @ FEHeroes
Published 20.03.23
title by moss

 

「こわい、こわい……」

 ハハ、と乾いた笑い声に伴って表情筋がひきつるが、にはどうしようもなかった。「あ、ロイドさん」と呑気に声をかけたのが間違いだったのだろうか。しかし彼が自分の感情を他人にぶつけるなんてことは滅多にないわけで、運が悪かったのだろうか。

「痴話喧嘩の類は尾ひれがつくからぁ……」

 鬼気迫る、とは言い過ぎかもしれない。が、恋人同士であると周知されているのだから、誰かに見られたらそれは言い訳も通用せずに、その誰かに認識されるに違いない。そして関係が良好であればあるほど、こうした修羅場は周りの興味を引いて、殊更そうした話題の好きな女性たちには楽しみの一つになるのではないだろうか。

「喧嘩ってのはお前も俺に思うことがなけりゃ成り立たないんだが」
「……」

 言わんとしていることは伝わっているはずだ。彼はわざとそう言ってはぐらかしている。



 何かしらに怒っているのはわかる。感情を向けられているから、自分に原因があるのだろう。ということまでは解ったが、解らない。

「っ!……ろ、ろろろいどさ、んっ!」

 名を呼ぶときの柔らかな声音がいつも通りなのだ。それでも周りに人気がないのをいいことに、そして壁際に追いやっているのをいいことに、囲いの一部に用いてを逃がさない。キョロキョロと周りを見るのは、この状況をどうにか出来る誰かのにと影を探してか、それとも見られたくないのか、気が動転しているはおそらく答えられない。
 す、と顔のラインを骨ばった指が撫でる。優しく。するとそれまでロイドの威圧に気圧されていただけだというのに、急にその触れられた部分から熱が拡がっていった。原因となるその手を払おうにも、まさに蛇に睨まれたなんとやらの状態だが、蛇以上に目前の狼は怖い。

 思わず小さく両手をあげてしまった。降参だ、と。けれどもすぐさまその手は抵抗の意を見せ始める。というのも、鼻先がふれあうほどロイドの顔が近づいてきたからだ。剣を振るうには申し分のない筋肉を備えた両腕を押さえ込もうとしても、本気を出されてしまえば到底及ばない。それでも、足掻いてしまうのは本能だ。「ロイドさん」と上擦り気味の声で。

「…ライナスとあの部屋にいたのか?」

 問われたことの意味が分からず、「あの、部屋……?」とおうむ返しになる。「覚えが、」と続けようとして飲み込む。ない、ではない。ある。が、かれこれ二ヶ月ほど経っていた。
 ロイドの言う“あの部屋”とは神出鬼没な一つの部屋だ。「ダンジョンかな?」とエクラは言っていたが、あまりそこは問題ではない。その部屋の性質の方に大きな問題があるのだ。部屋には指令書なるものがあって、指令されたことを完遂しない限り部屋を出ることは出来ない。どんなに屈強な英雄も、魔力の高い魔導士にも、例外はない。何せ彼らの能力を発揮しなければならない指令は滅多に出ない上に、人間関係に良くも悪くも影響を及ぼすものが圧倒的に多い。軍が軍として成立しない程の悪影響を受けていないのは、“まだ”そして“単純”に運が良いだけの話だった。

 知っているのなら誤魔化すのは無意味で、は肯く。「そうか」と平時と変わりない返事をされると、次の言葉は見つからない。少し顔が遠のいて、ロイド自身の気迫も和らいで、彼は再び「そうか」と呟くとの頭に手を乗せる。彼の兄気質からくる癖の一つだ。侭、子供扱い同然であっても不思議とイヤとは思わない。相当に参っているのか、無条件で【ロイド】という男に弱いのか、よく分からない。
 自分の心すらも解らず、為されるがままでありながら見上げる。機嫌は治っているようで、ただ撫でる手が止まない。さすがに頭ポンポンは終わったのだが、次は耳朶を親指と人差し指で摘まみながら撫でてくる。

「こ、ここここ、外なんですけど…」

 何となく拒絶はしづらい。気恥ずかしさの中に安堵感があった。
 ここは外だ。夜に、せめて室内のどちらかの部屋でしてくれればいいのに、と俯きながら彼からの情には酔う。耳朶を掴まない指が首筋を掠めると、首がすくむ。驚いて見せても更に驚かされるのだ。
 これでもかというほど上を向かされて、何かを言うよりも先に口を塞がれる。既に慣れ親しんだ感触でありながら、虚を突かれての体は硬直した。「イヤだ」と言えばたぶんすぐに彼は止めただろう。「待って」がちょうど良い言葉に違いない。
 途切れ途切れの言葉がようやく組み合わさって口付けが止む。はぁ、と図らずとも濡れた吐息が漏れて、恥ずかしさはどんどん上塗りされていく。何とか口内に溜まった液体を飲みほして言葉を発しようとして、また塞がれた。
「んーっ!ろ、いどっ!」

 呼び捨ても致し方ない。はじとりと涼しげに細められているはしばみ色の瞳に加えて、僅かに口角を釣り上げる男を見上げる。あまりにも油断ならないから、と口元を隠しても問題はないはずだ。

「待った、だろう?」
「しれっと言ってる……」
「知ってるぞ。ライナスには吐かせてあるしな」
「うわぁ…」
「女を寝取られた俺の方が可哀想なんじゃないか?」
「寝取られてないし!キスだけだし!」

 語弊がひどい!ライナスはどんな説明をしたのかと不思議でならない。

「バカ正直に説明していたな」
「心が読めるの!?」
「この流れならわかる」

「だから」と続けるロイドの心の声がには分からない。なにが“だから”なのか。眉を潜めるのことなどお構いなしに彼は一人納得して続ける。抵抗の手など「ほら」と促せば呆気なく外れるのだ。ロイドは彼女にとっての自分の立ち位置を理解していた。
 やりたいから、というのは嘘ではないし、をからかうのは楽しい。彼女の性格上、“イヤだ”と突っぱねる気の強さはある。本当に嫌ならそう言葉にするだろう。そしてそう言われないことへの優越感を得たいのだ。

「何回した?」
「数えてない」

 「そんな余裕はなかった」と言うに、そう言わせたライナスを忌々しく思う。理不尽な部屋でそうせざるを得なかったのは解っていても、情というのは厄介なもののようで、ひどく扱いづらい。

「ちょ、はずか、し、……んッ!」

何度も細やかに、回数を塗り替えるようにキスをして次を問う。

「舌は?」
「聞いてる?」

「……入ってない、かな?」
「…………」
「入りました」

「わかった」というロイドの行動は早い。脇の下に手が延びて難なく体を抱えあげる。楽に彼女の口を犯せるように。少し不安定にしたのはが自ずから抱きついてくるようにだが、その思惑は外れない。

「ッ……んぅ」

 ここが野外であることなどロイドは気にも留めない。まるで掬うように下から撫でて、転がす。
 弟は粗野なほうだが、やることはやっている。経験もそれなりにあるだろう。女のなぶりかたも知らないはずがない。

「は、……ぁ」

 そして、さぞこの惚けた顔も堪能したのだろう。恨みがましい目をしているが、何時もよりも潤んだ瞳は扇情的だ。そうさせているのは他ならぬ自分で、ロイドは幾分機嫌が良くなる。

「危ない目に遭ったら“ちゃんと”言えよ」
「今が一番アブな──んでもありません」

 愛想笑いを浮かべ、自ずから口付けるは丸め込もうとしている。「ごめんね」の言葉も軽い口振りではあるのだが、甘えられてしまうと弱い。彼女の瞳の中に自分が映っている、ただそれだけの事実がどうしようもないほど己を満足させるのだ。

 の唇が荒れたのは言うまでもない。



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