ただひたすらに
Lloyd @ FERekka
Published 19.03.04
※ 夢主はでてきません
つい最近になってロイドは戸惑いを覚えた。
彼に対する評価は割と一様化していて、誇張しすぎなそれは妙に熱い彼の崇拝者からしてみれば極当たり前らしい。けれども、本人は至っては自分は普通の人間だと心得ているし、自身の評価がずば抜けているのは、そう評する人物達とは深く関わらないからだと思っている。つまり、自分を知らない人間の戯言と思っている。
「お、また溜息」
そしてその一人になぜか自分と血を分けた弟が含まれていたりする。
あまりにも誇張され過ぎた評価が気持ち悪くて、“お前の目は腐ってるんだな”と冷たく言ってもみたが、何処から湧いてくるのか分からない自信の表れのような大声で“違う”と反論を受けてしまった。何が“違う”のか全く解らないが、弟は自分を満足させる理由を説明できない上に、同じ言葉の繰り返しになるのが常だ。それからはバカらしくて訂正していない。
故、弟の中で英雄的存在であるロイドが溜息を吐くのは珍しいらしく、その言葉が出てくるのだが。
「俺だって人間だからな」
“悩みごとの一つくらい抱えている”とぼやけば、まるで人の不幸は蜜の味といわんばかりの厭らしい笑みを浮かべて距離を詰めてくる。自分よりも随分と大柄な、父親の身体的特徴を濃く受け継ぐライナスをロイドは一瞥した。
「どうせ
のことだろ?」
「ああ、そうだ」
「迷惑なら言えばアイツは聞くんじゃねぇの?」
「だろうな」
騒がしい酒場内で時折聞こえてくる少し似つかわしくない声音の主、給仕を手伝う女がロイドを悩ませる人物――
だ。
この無骨な男達が多く集まる組織の中で、ある意味での紅一点の存在の彼女の声は良く届く。
組織の中に女がいないというわけではない。組織のメインである仕事に従事しないという点で紅一点の存在だ。拠点で負傷者を治療するシスターのような力があるでもなければ、任務を任せるには不安を覚える程度の実力しかない。つまり至って普通の一般的な女なのだ。
だから非常に不思議で仕方がないのだ。
ライナスの知る兄は女性経験が無いわけではないし、アジト外の酒場へ赴けばそういった女たちから声をかけられることが少なくない。そしてそれに対する対処法も心得ていて、何を小娘一人にそう頭を悩ますことがあるのか。彼女のどこにそんな力があるというのか。
給仕の手伝いが一段落ついたのかカウンターに寄りかかり、ヤンと談笑する
の姿にライナスは首を傾げた。
「……いっそ迷惑な女だったら楽だったんだ」
「十分迷惑じゃね?うるせぇし」
あぁ、とそこでライナスは思い出す。彼女はあることで有名だ。あまりにも当たり前のことになっていて忘れていた。
空っぽになってしまったグラスの中の氷を無意味に鳴らし、テーブルに置く。
なんだか楽しい気分になってきた。
「殴ってほしいのか?ライナス」
兄の不幸などライナスは望んではいない。そもそもロイドを悩ませている件は不幸ではないはずだ。
窮地に陥れば自ら打開策を講じ、例えそれが非情なことであっても躊躇いなく実行する。ロイドという男はそういう人間だと、他ならぬライナスが知っている。
物騒な物言いを笑っていなし、“でも……”との続きは心の中に留めた。
がロイド・リーダスに惚れているのは周知の事実だった。
何時からその噂が広まり始めたかは定かではないが、昨日今日始まった話でないのは確かで――兎角、老若男女問わずに知っている話だ。
そして娯楽の少ないアジトでは恰好の肴となっているせいで、当人達も知っている。
その噂が当人――まず、
の耳に入った時、彼女は隠す必要はないだろうといわんばかりに、実にあっけらかんとして肯定した。ではロイドはどうかといえば、困った顔はするものの訂正をすることはしなかった。
疾風と呼ばれる悪友が思いっきり揶揄の意で訊ねてみたことがあったが、ロイドは答えなかった。いや、答えようがなかった。
好意を持たれている実感は確かにあった、が恋慕に結びつくものなのかを当のロイドは知らない。彼女からそうした想いを告げられたことがない。つまりロイドからしてみれば、そう噂されているのは知っていても真偽のほどは定かではない。突っ走った答えが空振りだった、なんてことは避けておきたかった。
「ぜってー兄貴のこと好きだって」
ライナスは自信満々に言う。だがそれがどうしたというのか。
「そういう問題じゃないんだ」
「は?」
そう、噂の真偽など問題ではない。
娯楽の少ない場所ではどうしても他人の色恋沙汰というものは格好の餌食であるし、ロイドにとってはそうした対象に自分が入ることも大して気にするほどのことではない。
ロイドは再び溜息を漏らす。
正直、ライナスは兄がなぜ頭を悩ませているのか分からない。自分のことを好きだという人間、それも異性なら、応えてやるなど簡単なことだ。気に入るか、気に入らないか、2つの選択肢はとても単純なものが根底にあるのではないのか。
「なに。惚れてんのか?」
「お前は?」
「は!なんで聞くんだよ!」
「
と仲が良いからだろ」
きょとんとしてしまうのは、あまりに今更なことを言われてしまったからだ。
を見つけてきたのはライナスだ。そして、彼女を引き取る条件に、首領であり父でもあるブレンダンに“責任をとれ”と言われている。その言葉があるからか、元より面倒見は良い方でもある彼は
の面倒をよくみた。そしてそれが信頼に結び付くのは当たり前で、しかしそれはロイドとて例外ではない。
おかしなことをいうな、と笑って済ませようとしたが、ロイドはうっすらとした笑みを浮かべたまま、ライナスをじ、と見据えた。
「……し、知ってんのか?」
「何をだ?」
ライナスは迷った。おそらく兄は自分と
の軽率な関係を指して訊いているし、自分もその事について訊いた。ただ明確でない問いと答えにはあくまで憶測での返答しかない。自分の思うそれはどうしたって自分から関係を暴露したとしかいえないだろう。まぁ、兄は咎めはしないのだろうが――。
知っているいないに関わらず、ライナスもまた黙る。迂闊なことは言わないに越したことはない。共に。
「で、兄貴は直に聞けりゃ踏ん切りつくのか?」
ちらり、と話の中心人物を見るが、彼女と目が合うことはない。それを確認して兄へと戻せば、兄は先の自分同様に
を見ていて、自分とわずかな時間差でこちらへなおる。
「好きは好きなんだがな――」
はぁ、と数えるのが面倒になってやめてしまった溜息が再び。ライナスからしてみれば、問題ないじゃないかと、やはり何を悩む必要があるのかと、不思議で仕方がない。色恋禁止といった禁止事項は存在しない。だから自分も勝手をしているのだ。
おそらくロイドは知っているのだろう。それでもライナスに対して牽制しないのは、する権利などないと知っているからだ。ライナスと彼女の関係は、弟が行動に移した結果で、それは弟が獲得したものなのだ。
「遠慮してるんじゃないよな?」
「してない」
ロイドの答えに、ライナスはホッとしているようだが、その真意が何によるものなのかまでは分からない。元よりロイドは聞くつもりもない。
「お前は凄いな」
素直にそう思った。弟の行動の早さは時に問題にもなるが、結果を物にしているのを見ると羨ましくもある。真似をしようとしても染み付いたそれは簡単に剥がすことはできない。何より仕事のことを考えれば、このままが良いのだ。どんなに悩んでも、行き着くのがそこだ。応えることに踏ん切りなどつくわけがない。想いの比重が違うというのに、妹のような彼女を完全に手放すには惜しくて仕方がない。仕事であったなら驚くほど思いきりが良いというのに――ロイドは何度と知れない優柔な想いを吐き出すしかなかった。