思い知らされる前に
Lloyd @ FEHeroes
Published 18.12.28
title by 追憶の苑
「やだ、怖いんですけど!」
の言葉は、表情と大きく解離していた。恐怖に食事の手が進まないということもなく、至って普通だ。「仕方ない」と夕食に出たフルーツを彼女は斜め前から威嚇してくるライナスの前へ置いてやる。「いらねぇよ」とは言葉ばかりで彼がそれを彼女に戻すことはなかった。
極々普通に彼女は日常を過ごしていた。与えられた仕事をこなし、体が鈍らないように訓練をし、そして食事をしている。同じテーブルには恋人も同席しているが、彼もまた至って普通に食事を摂るにとどめている。
ライナスは先日召喚されたばかりだ。いまこのときまで、まともな会話は交わしていなかった。感動の再会というやつを邪魔するつもりはなく、ロイドにも積もる話もあるだろうと弟に構うことを勧めていた。彼がしばらく弟に重点をおいていてもそれなりに交流はあったから、放置されたなどとも思わなかった。そして、落ち着いた頃合いだったのだろう。顔合わせというとおかしな話だが、それに近いものはあったかもしれない。
「人の顔をじろじろ見てはいけません」
「ウソだ。マジ信じらんねぇ」
「ロイドさん。教育をしっかりしてください?」
彼、ライナスには同じ食卓について少なくとも三度は溜め息をつかれていた。これで四度目になる。同じことばかりブツブツ言うものだからつまらなくなって、
はロイドへ話を振ったのだが。
「もう手遅れだ」
と当に成人しているのだ。根本的な改善を試みるのは並々ならぬ努力を強いられるだろうし、それはロイドが骨を折ってでもやりたいこととは程遠い。即座に却下したあと、悠長に食後のビールときたもんだ。あてにならない。
「だーからー、ロイドさんが私に惚れたわけで!私が惑わしたわけじゃないの!分かる?」
「いや、絶対ぇウソだ。兄貴がお前みたいなガキ選ぶわけねぇ!」
「あんたと変わんないっての」
「ウソだろ!?」
「ちょっとそればっか言って飽きないわけ?」
つまるところライナスのため息の原因は、ようやく会えた兄がちゃっかり恋人を作っていることにあった。【黒い牙】時代はそんな暇はなく、仕事一筋であった。そうせざるをえなかった。男であるからそうした欲がないわけではないのだが、そこを発散する場所はある。一人の女に執心することはなかった。
「兄貴は何が良くて……」
「ほんっとロイドさん、ちゃんと教育」
ライナスがロイドをどれだけ慕っているか、知らないわけではない。それは
がいたせ世界でも、彼らの世界でも変わらないらしく、見えた共通項が嬉しくて表情は緩む。なにも知らなければ、怪訝に思っても仕方ないだろう。
「なに笑ってんだよ」
「いや、まぁ、仲が良いのは相変わらずだと」
「お前は違う世界だろ。俺らのことを知ってるみてぇだが、居なかった」
【居なかった】
彼にとっての事実が、悪意があるわけのない言葉が痛い。知らない人間に自分勝手な心情を押し付けるわけにはいかない。けれども、やはり残念だ。彼が別人であることが。
「実は知ってるのよ。たとえば、ライナスの初めてがライラとか」
許せ、ライナス。と【友】であるほうに心で詫びながらかまをかけた。共通することは多くても必ずしも同じ道をたどっているのかは分からない。自分の知る限りで最大限、彼のプライベートを思い出してそう言えば、見事に噎せた。なぜかロイドまで。
「あらやだ、ロイドさんもだっけ?ライラさんすごいな」
「何でそんなこと知ってんだよ」
「酔いの席で男が武勇伝語るなんてよくあることじゃない?……意外な事実もあったようだけど」
「そういう意味じゃねぇ……」
ダメだこいつ、といわんばかりにライナスの大きな掌が彼自身の顔を覆う。にこにこと笑って彼の聞きたいそれを誤魔化した。正直な話、少し楽しかったのだ。
彼は別人だ。気軽さは違う。けれども反応が似ていて錯覚する――彼なのか、と。
「ま、追々話すかもしれないし。ロイドさんから聞いてもらっても良いし」
ライナスの反応を見る限りでは
の背景を話してはいないのだろう。それはそれで話す機会が先もあると考えるなら悪くはない。彼が誰を選ぶか明白であるし、そもそも彼の興味の程度は兄のロイドに関わっているからでしかない。元々、【彼ら】と知り合うことが出来たのは運の要素が強い。自身の世界でならまず出会うことなどなかったのだから。もう一度、一から始まるとしても喜ぶべきことだったかもしれない。別人であると突きつけられるとしても。
自分の身の上話を知ってほしいと押し付けるつもりは毛頭ない。
は皿に残る最後の一口を食べ終えてしまうと「ごちそうさま」と手を合わせる。そしておもむろに席を立ち上がる。このまま雑談に興じても良かったのだろうが、ライナスの様子を見る限りでは兄弟水入らずを邪魔してほしくなさそうに見える。どうしたって自分が部外者なのだから。
「じゃあ」と言いかけて、覆い被せるように遮ったのはロイドだった。よくみれば、彼もまた食事を終えている。飲み始めであったビールは空だ。名残惜しさを微塵も見せずに立ち上がるものだからライナスは分かりやすく驚いていた。
「そろそろ他の奴らと関係を築いておけよ。ここじゃ四牙なんてもんは関係ない」
ちらりとロイドが横目で見やる先には異世界の英雄たちが居る。様々な異界から英雄を召喚しているこの国に、ある世界である国で名を知られた暗殺組織集団の幹部としての地位にどれほどの力があるというのか。結果がすべてだ。実力を見せつければ良いだけの話だ、とそこまで言ってロイドは【黒い牙】の矜持を汚すなと暗に言うのだ。再建しようとは思っていないだろうが――失せた組織の名を語っていることが、捨てきれない望みを覗かせているのだ。
ロイドの言葉に合点がいったのだろうか。ライナスが異を唱えることはない。さすがだ、と感心する
に「行くぞ」と彼は促すわけだが。
「お前が来てからご無沙汰なんだ。いいかげん察しろ」
自分の知る彼らしからぬ発言も行動も、それに僅かに顔を赤らめて焦るライナスも、何だか面白くて、幸せな気がして笑ってしまう。「
」といつもと変わらないはずの声音が、特別に聞こえるほどだ。きっとここは落胆するライナスに同情して然るべきだった――が、自然とほころぶ口元を隠すのに必死だった。