はじまりのキスは目を閉じて
Lloyd @ FERekka
Published 12.01.24 - RePublished 18.12.19
title by 恋愛に関するいくつかのお題
どうしてこうなった――?
ロイドは珍しくも現状に戸惑いを覚えて、苦い笑みを浮かべながら妹分を見つめ返していた。白狼を前にすると暗殺対象者は血の気を失い、すぐ目前に迫る死に戦慄する。一方で仲間たちからはその並外れた技術力と先導力が魅力なようで慕われる。男か女か、年寄りか子供か、そうした条件でも彼に対する視線は色々と変わるものだから、彼は割とそれらの視線には慣れているはずで、彼自身もそうおもっていた。のだが、今まさに新たな熱烈視線に負けそうな自分が居て、自賛の羞恥に苛まれているところだった。
穴が空く、その表現がしっくりいったに違いない。
娼館に行くこともあるのだから女特有の視線というのにももちろん慣れているつもりだというのに、彼女のは少々種類が違っている。
金……はもともとないが、黒い牙の四牙の一人である白狼の妻という地位でもなく、自身を欲しがる女は珍しいと思っていた。実際、仕事柄長く続いた女性は居ない。仕事が立て込めば会いに行くのが億劫――自身がそうした労力を割いてまでの情を相手に抱いていなかったのだろう。
「
……」
仕方なくなって名前を呼ぶ。弟とよく似ていた。耳はピンと立ち上がり、尻尾は千切れんばかりに振られていたように見えてしまって、それを可愛いと思ってしまうのは病の一種だったかもしれない。
俺も妬きがまわったか――。
変な話でありながら黒い牙の中では日常になりつつあるわけだが、彼女には幾度となく口説かれている。弟のライナスと差して変わらぬ扱いをしていたつもりで、間違ってもそうした感情を抱かれる覚えはない。家族愛でしかないはずなのだ。はずだというのに、任務で遠出している日を除いた…アジトに居る日に口説かれない日は無い。
煩わしいと感じるのは、弟や悪友の絡み酒の酷い時くらいで、彼女に対してどうかと言われれば無い。しかしそれまでは酒場や仲間とカードゲームに興じていたりする――人目のある場所でが多かった。
それが軽く流すことを誘っていたのかもしれない。
ふむ、と相変わらず熱烈な視線を受けたままでロイドは考えた。そもそも自分はなぜこうも悩んでいるのか。と――嫌いではない。好きかと訊ねられるなら好きと答えることができるだろう。
「ああ、分かった」
答えは実に簡単だった。既に出ている話だった。気付いていない振りをしていたのかもしれない。
「
。アジトにはいっぱい男がいて、お前やシスターは選び放題だ」
「……口説かれたことないんですけど」
それは当たり前だ。彼女へ近付く不遜な輩は極力ライナスがそして自分が寄せ付けないように見張っていたのだ。気軽に話せるのは自分たちリーダスの名を持つ者と、彼女のお気に入りか、境界線をものともせずに立ち入る輩か、だろう。
お節介にすら捉えられるそれは、森で拾って帰った以上面倒を見るという保護欲が大きいところではあったのだが。
「いや、お前が目を向ければ実は選び放題だ」
「ふぅん」
興味なさ気に聞く
は頬杖を付いて上を見上げている素振りで――誰かを思い出しているようにも思えた。が、はて、と首を傾げて目線を自分へと戻してくるものだからロイドは苦く笑いながら続ける。
「アジトの男の仕事は知ってるな?粗暴な奴が多い。俺もあまり変わらん」
「ふぅん」
やはり彼女は興味なさそうで――女というのは優しい男に惹かれると思っていただけにロイドは少し呆気に取られた。
弟から“あの優しい顔が好きだ”と妓女達が噂しているのを又聞きしたことがある。趣味が必ずしも一致するわけではないとは知りつつも、彼女の熱烈な想いというのは自分の評される風貌も一因である気がしていた。だが荒々しい部分は確かにあるし、弟の事は遠慮なく殴るし、仕事に至っては容赦は一切ない。もちろん牙の一員ではない
が仕事に就くことはないから見る機会もなく、一部分だけを垣間見ての想いなど儚いはずだ。
事を進めての落胆は彼女に悪く思うし、良心も痛む。
そう。
事を慎重に進めていたのだ、きっと。
「ロイドさんなら荒々しいの大歓迎だけど…?」
「そりゃ恐れ入った」
後に後にとずらし置いていた答えは、彼女の言葉を聞けば随分ともったいないことをしていた気分にさせられる。良いのか、と言葉にせずに片眉を吊り上げて問うたのは、半ば確信めいていたからかもしれない。
「俺を捨てるなよ?
」
が立ち上がるのを確認して目を閉じれば、大胆な彼女は事もなげに口付けてきた。