変わりゆくもの
Linus @ FEHeroes
Published 19.03.16
title by 追憶の苑
は全く今の状況が理解できなかった。
ここ、特務機関の根城に漸く春が垣間見え始めたのはつい3日ほど前のことだ。
が気に入り、暇をもて余すならと入り浸る東屋のそばにもそれは咲いていた。詳しいわけではない。ただその桃色に色付く花は馴染みの深かったそれに良く似ていた。昔からその花は春になれば必ず目にする。それほど
の故郷では馴染みがあるのだ。
ちょっとした郷愁に想いを馳せていたというのに、意外な来訪者がやって来たのはつい数分前。お世辞にも花を愛でる趣味を持ち合わせているとは思えないし、それは事実だろう。何せ彼は7割方咲いている花に目を向けることもなければ、
を見止めて「見つけた」と言うのだ。最初から彼の目当ては決まっているようだった。
「わり。これ頼む」
最近になって始まった彼からの挨拶すら無く、唐突にそれを差し出された。風貌に全く不釣り合いの小物に首を傾げるとどうやら不興を買ったらしい。のだが、ものを頼む立場であるからかグッと何かを堪えている。
「なに?」
「ニノに」
彼――ライナスから発せられた名前に
はいたく納得して、同時に眉を潜めた。
「うっそ。まだそんなことしてんの!?」
世界線の違う彼らの関係に口を出す気はない。同じ世界に住まう人間が解決すべきと思っていて、
は常に第三者の立場を通している。個人的な交友は結ぶとしても、プライベートに立ち入るつもりはない。見守るつもりしかない。
「でも用意しただけ進歩……?」
「兄貴だよ」
「……」
ライナスは【黒い牙】のメンバーではあったが、他のメンバーよりも後に召喚された立場だ。一方でロイドはわりと早くに召喚され、確執のあったであろうメンバーの召喚を見届けている立場にあって、また冷静であるなら解決を早々に行うものだから、確執の解消は早い段階で終了していた。
だからある意味で弟のライナスの意固地な態度は正反対で、兄弟としての解離に目を見張る。自分の知るライナスはそこまで意固地ではなかった。と思うも、他人なのだから仕方がない。
「投げて渡しても今のニノはよろこ……いや、ジャファルが叩き落とすか」
特別な感情はなく、家族愛というなら挨拶のそれと変わりなくあっさりと終わるというのに、難しくしているのはライナス本人で、彼も分かってはいるのだろう。
「呼んでこようか?」
「二人きりっつーのもな」
「ジャファルも?」
「殴りたくなるからダメだ」
「どうしろっていうのさ」
ロイドに言われたからという理由であれ、その手にある小さな包みを彼女に渡すというのなら、接触しようとすること自体は心境に変化があったのだろうに。
「兄貴はなんか言ってたか?」
「なにを?なんで?」
彼にしては珍しく面倒ごとを先延ばしにしている。この兄弟は部下を率いていた立場も
あって、問題を先送りにすることは滅多にないのだが、まぁそれも仕事に関してのみだったのかもしれない。
「お前も兄貴に貰ってんだろ。……バレンタイン?のお返しとかいうの」
「貰ってないよ?そもそも上げてない」
が実にあっけらかんとしていうものだから、ライナスは信じがたいものを見るような目で彼女を見る。何せ彼女は兄に好意を抱いている、はずだ。
「なんだよ、兄貴に渡す度胸もねぇのか」
「ほっぺちゅーしといた」
「もう言うな。聞きたくねぇ」
うんざりとした表情で傍らの椅子に腰かけるライナスに
は「冗談だよ」と言うが、彼は信じていない。
「他人のことより自分のことをしなさいね?」
「わーってんだよ」
ガリガリガリ。そう頭を掻いてライナスはどうにかして一歩を踏み出そうとする。幼ければ地団駄でも踏んでいたかもしれない。
「なぁ」
一通り悩み抜いたのか、ライナスは呼び掛ける。目線だけで返事をする
は「了解」とやたら嬉しそうに笑むと、彼を残して姿を消すのだが――ニノを伴い戻ってくるのにそう時間はかからなかった。
肩の荷が下りた。大したことはしていないのだが、それほど自分には重いものだった。
先程ニノが来た。というよりは
に頼んで連れてきてもらったというのが正しい。周りに他人がいないこともあって、妙に気張ることもなくずいぶんと久しぶりに言葉を交わすことができた。それがまた変な緊張を呼び疲労を一層強く感じさせたのだが、ほっとした。
心の底から憎いわけではない。今なら“運が悪かった”とすら思えるのだ。死んだときに毒気が抜けたのかもしれない。
そんなことを思う余裕ができて、ざわついていた心が穏やかになるのを自覚したとき、日は暮れていた。長いこと話し込んだのはそうだが、ニノと別れた時はまだ明るかったはずなのだ。時間を忘れるほど今日のことを噛み締める自分に驚きつつも、まだやることがあることを埋もれないように、頭の片隅に留めている。
そしてそれはやってくる。
春に近づいたとはいえ、日が暮れてしまえば寒さが戻る。「何で昼と同じ格好なんだ」と、気を利かせて一度場を離れた
に言いたいのをグッとこらえた。薄手の上着はやはり寒いのだろう、腕を組んでいた。
「ニノがわざわざ報告に来たよ。おつかれさん」
当たり前のように隣に座った
は自分のことのように喜んでいるが、まったく理解できない。
「で、おまえは?」
「やー、ロイドさんにそれはそれは嬉しそうに話してるから、邪魔者は退散するほうがいいかなって」
「尻尾巻いて逃げたってことか」
「そうだよ」
「今のは怒るとこじゃねぇの?」
笑うだけの
をどう理解すればよいのか、ライナスには分からなかった。ただ自分のその考えなしの発言は幾らか彼女を傷付けたかもしれない。そう思ってしまうと、先程まで落ち着いていた気持ちがまたざわついて、体が動いた。
抱き締めるにはまだ想いは足りない。
「ぐぇ」
「おい、色気」
カエルのような声を出されて、一瞬、自分の勘違いなのかとも思うが、憎まれ口を叩かれるわけでもなければ、離れようとする素振りもない。そもそも首に腕を回して、抱き締めるそれとは程遠いことをしているのは自分か、と思い至れば納得は容易い。
「まぁ、その、あれだ。ありがとな」
やり残していたそれを終えて、ただ自分が今どんな顔をしているのかわからない。気恥ずかしさが表れているとするなら見られたくはない。だから、暫くは力を込めてそのままを維持していた。
そこにはやはり拒絶はなく――。
「どういたしまして」
それはきっと労いで、他意はない。緩く回された手がとんとん、と背中を叩く。抱擁ではないそれに、事実以上の勘繰りなど出来はしなかった