ライナスはひどく納得がいかなかった。
先日、彼は召喚士エクラとの腕試しによる勝負でアスク側に迎えられたばかりだ。そこに死んだ筈の兄が居たことに驚きもあれば、何故との疑問もあった。しかし言ってしまえば自分もまた死んだ人間であったはずである。自身の理解の範疇を超えているのだ。理解に及ばないことは明白だった。それはいいとして、兄の他にもかつての仲間がいた。義妹と疾風、そして死神だ。彼らとは敵対の結果、自身の死に繋がったがそこについては恨みなど微塵もなかった。自身の死について考えることなど出来はしないのだ。
「そんなに仲間に入りたいなら行けば良いのに」
「座るよ」と返事を待たずに隣に座るにライナスは眉を顰めた。彼女はどうやら自分と同じ世界から来ているらしい、のだが彼女のことを知らない。敵対したエリウッドの軍内に居ただろうかと記憶を巡らせてみても思い当たらない。パラレルとかいう概念によるものだ、と兄にその説明を受けてはいるが詳しくは解らない。ただ、自分たち【黒い牙】のことや【リーダス】の話が出来る彼女の存在が、何となくパラレルの意味を理解する助けにはなっていた。
「るせぇな。知ってんだろ。確執ってやつを」
しゃしゃり出るなと言わんばかりにライナスは言うが、は【黒い牙】が壊れていく経緯を知っている。自分は彼女を知らないというのに、一方的に知られているという事実は少し薄気味悪くあった。警戒心として表に強く出てしまうが、は一向に構った様子を見せないものだから、態度は徐々に軟化傾向にある。実際、ライナスは来て日が浅く、話す相手といえば実兄のロイドか、自分たちを知るなのだ。
「お前、結構早くにココに居たんだろ?」
「うん。割と早い」
「あーなんのは早かったか?」
どう悔しがっても、ライナスがここへ来たのが"後"であったことは変えられない。血を、命を落とす関係になり下がっていたのに、なぜ何もなかったかのように昔のような関係に戻っているのか。もちろん兄とは話す上に、部屋も同室であるからそうした経緯は聞いているのだが納得いかないのだ。
「まぁニノを無下に扱わないからねぇ、ロイドさんは」
「……」
誤解という部分での問題ならば解決していることをライナスも解っている。兄はエリウッド達に殺されたわけでないことを本人から聞いているのだから疑いようもない。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ロイドさんいなくなってからのやっちまった感は兄弟だから似てるって!」
「は?意味分かんねぇ」
「私の世界で先に死んだのは君です、ライナス君」
ぱちぱちぱち、と指先で音のならない拍手をするにライナスは愕然とした。そうした未来は確かにありえると分かっているが、差異の生じるその部分に自分の名が明確に出てくるなど想定外だ。他人事のように思っていたことが、他の世界では自身が切っ掛けとなり得ると突きつけられたようなもので、それはあまりにも重い。
「うそだろ」と壊れた機械のように繰り返す彼に、やはりは構わずに続ける。
「ライナス亡き後のロイドさんは、ニノの話も聞き入れずに破滅の道を辿りましたー」
「……」
「ライナスが生きてればねぇ。まだ望みはあったのに。絶望して大変でした」
「…………」
「あれ?どうしたの?」
"なんて性悪だ"とライナスは心底思った。彼女の説明は間違っても笑い話にはなり得ない。けれども、笑っているのだ。何が良くて兄はこの女と仲良くしているのか、全く理解できない。
「とまぁ兄弟揃って意地っ張りなのは知ってるので大丈夫です」
「なにが」
「いろいろ」
馴れ馴れしく肩を叩かれる。それを払い除ける気力は先程削がれてしまった。相変わらずライナスにとってのに対する印象は"得体のしれない奴"の域を出ない。が、そこに"変な奴だが悪くない奴"が付け加えられつつある。
"早く"と彼女は促すことはしない。兄もそうだ。意固地であることを貫いても、居心地の悪さが継続するだけだと分かっているのだが、どうしたものかと考えあぐねて機を逃している。うだうだと考えずに、あの頃のように一声かければ事態は動き出すだろうに――行動に対する選択肢がどんな時も自分の判断でしかのみ定まらないのは解っていた。
「兄貴はあっちだぞ」
「ライナスと飲みたい」
小さく吊り上がった口角が作り出すの笑顔は、自身の葛藤を見透かしているように見える。面白くないのだが、兄はあちら側で談笑していて酒の相手にはなってくれない。とすると、相手が欲しければ目前の彼女か、新たに調達するかのどちらかだが――。
「しゃーねぇな。お前で我慢するか」
イヤイヤ。
仕方がない。
自分を誰かが熱心に気に掛けることをこんなにもくすぐったく思ったことはない。ただ気取られたくはない。まだ心を開いていないと言い聞かせながら、ライナスはグラスを持ち上げる。視界の端で兄がこちらを見たような気がしたが、気付かないフリをする。感情をくみ取ろうとすると泥沼にはまりそうだ。だから見ない。
チン、と鳴るグラスの音に誘われるように、自分から離れない彼女へ意識を移した。