或る夜の


Linus @ FEHeroes
Published 18.08.21
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 初めて出会った時、『あ、この人やばいわ』とは正直に思った。割と仲が良い彼の兄にも正直に伝えておくと『そういう気遣いは要らん』と一蹴された上に苦く笑われた。単刀直入に言うと、ライナス・リーダスに苦手意識の塊を抱いていた。

 彼が仲間になったのは本当につい先日のことだった。第一印象は【口が悪い】【悪人面】に尽きた。が居た世界では初対面の人間から“お前”呼ばわりされることなど滅多にないし、彼ほどの高身長に加えて体躯の良い男はそう存在しない。人種的にも小柄である彼女が気圧されたのは否めなかったが、それでも周りの英雄たちにも彼に似た人物は多い。なのに彼女はライナスにだけそうした意識を抱いてしまった。
 “お前”と呼ぶ英雄は他にもいる。ライナスの兄もそうだ。この差は何だろうか、と彼女は首を傾げた。

 ふとそんなことを思いながら自室を出た夜半過ぎ、喉が渇いて水を飲みに出た。何時もは水差しに水を入れているのだが、そういう備えを忘れたときに限って、夜中に目が覚めてしまう。静かな廊下を、それも明かりの乏しい中を歩くのは少し怖くもあり、先日仲間に入った彼のことを分析して気を紛らわせていた。職業というにはおかしいが、“召喚士”としてこの世界に来て、周りに支援されながらその立場に収まっているわけだが、お荷物になるよりは自身で考え、動けた方が心は軽い。戦いに赴くメンバーにも相性があって、彼らのことを知るのも自身の大事な仕事だと彼女は思っている。

 だからおそらくこれは神の思し召しだ。と、神にも宗教にも特別な情を抱いていない彼女が思うのは、現実逃避の一環だったかもしれない。
 暗い食堂にたどり着いて、水を汲んだところで視界の端に塊を見つけた。それは身じろいで小さな唸り声を短く上げた。ホラー映画なら確実に悪霊か何かの類で、近づく主人公たちに鋭く“何で近づいた!?”とツッコミを入れていたが、ほんの少し彼らの気持ちが分かったところだ。好奇心が命取りになることなど珍しくないというのに。
 足音も、気配もなるべく鎮めて近寄って、それが人だと認識できたときはどれほど安堵したか。

「風邪ひきますよ」

 特に何も思わず、ただただ当たり前に声をかける。そこには手も伴っていた。それがいけなかったらしい。

「誰だっ!?」

 視界がぐるんと回る。まるで絶叫系のあれと一緒。一瞬の事だが目を閉じてしまって、少し落ち着いた、敵意を引っ込めた声音に誘われるように目を開けて息を呑む。なんていうか運が悪い、にはそうとしか思えなかった。

「…ライナス、さん」
「はー、驚かせんなよ…って、俺か」

 狭くはない食堂で、なぜ彼は一人で寝ていたのか。ちらりと彼の周りを見ても飲んでいたらしいジョッキが一つある。酔いつぶれた?その体の大きさで?いや肝臓の問題だし、と顔を顰めながら納得のいく答えを探し出していると、ライナスは何を思ったかへ軽いデコピンを見舞う。

「いったぃ!」
「酔って寝ちまっただけだよ。ちなみに兄貴が片付けたんだろ、ほかは」
「あぁ、ロイドさんが。で、ここに放置ですか」
「そりゃ兄貴が俺を抱えて、なんて想像出来ねぇだろ?俺の方がデカいし重い」

 出来ないことはないだろうけどな、と付け加えるライナスは、自身がそこに放置されていたことに不快感を持ってはいない。彼らの中では割とあることなのかもしれない。行動を共にしているのをよく目にするし、訓練に至っては手加減が必要ないからなのか、見ているだけだというのに気圧されることすらある。彼らのような肉親関係のある英雄は他にもいたが、背中を預けられるほどの関係性は珍しい。それは異性であったり、世代が離れていたりという理由からで事実、同性の同年代の兄弟姉妹は非常に珍しかった。仲間になった英雄たちの血縁関係を整理しても、こうも仲の良さを出しているのはそうはいない。

「仲が良いですねぇ」

 心からの言葉は彼の兄に対する羨慕の情を好ましく思うもので他意はない。そして好感情というのは自然と人の表情を柔くするもので、がライナスに対して苦手意識を抱いていたとしても、彼女の表情を綻ばせるには十分だ。

「お、笑った」
「そりゃ人間ですから」
「でもお前、俺が苦手だろ?」
「はい」
「容赦ねぇ」

 ライナスもまたこれまでとは打って変わって軽快に返ってくる彼女の受け答えに気分を良くした。それまでの彼女――とはいえ出会って数日だが非常にビクビクしているのだ。自身の見た目が女性に与える印象を知らないわけではない。男所帯の場で生活をしていて、特に自身に浮いた話もない彼は何時ものことだと大して気にしてはいなかったのだが、やはり多少であれ変化を見られるのは喜ばしい。不信感などは兄が居ることで当に失せていた。
 見た目で判断するのは危険と分かっていても、魔力を感じることもなければ、細い体はまるで戦いを知らない村人そのもの。非力という以外になんと表せばいいのか分からないくらい頼りない。

「それでですね、ライナスさん。この表面的な敵意というか警戒心も解いてほしいのですが」
「あ?」

 の手首は細い。見てもわかるが、触れるとなお実感する。そういえば寝ているところを突然触れられたことへ脊髄反射よろしく捕まえてテーブルへ組敷いていたことを思い出す。何も知らない仲間がこの場を見たら、間違いなく勘違いされるであろう体勢だ。しかも水差しまで転がっていた。弁解の余地なしといったところか。
 だから今が誰もいない時分で良かったとライナスは心底思った。新入りが、軍の要となる召喚士を相手にいかがわしいことなどしようものなら確実に首が飛ぶ。物理的な意味で。
 怖がらせないように、ゆっくりとした動作で彼女を解放するライナスは自身の想像に現実化するなよと願う。そうして当たり前であるべき体勢で向かい合うと、思った以上に彼女は堂々としていた。必要最低限のやり取りを除いて、避けられていた自覚はあった。そしてこんなやり取りが彼女の警戒心を和らげたのだから驚きだ。至って普通に接しただけで、仲良くなりたいゆえの世辞も何もない。ただただ状況の説明程度だ。

「どうしました?」

 それはこっちのセリフだ、と言いたくなりながら無垢に覗き込むをライナスは見下ろした。わざとなのか、これが彼女の親しみの距離なのか。考えたところで判る仲ではない。元々考え込む性質ではないのは本人が一番自覚していて、とりあえず分かっている部分で満足してしまう。兄には呆れられてしまうがきっと生まれながらのものであろうから変えられやしない。

「お前、苦労しそうだな」

 そう言ってライナスはの頭をグシャグシャと撫で回し、終いの合図のようにポンポンと叩く。名残惜しさはあったが、時間を考えると頭を働かせなければならない彼女は休息をとる必要がある。自分よりは長くここに居て、疲労は溜まっているはずなのだ。

「あぁそういえば名前、なんだっけ?」
「え?あ、です。……言いませんでした?」

 “知ってる”という言葉を飲み込み、満足したようにうなずくライナスは彼女の疑問を敢えて流す。言いたいことだけを伝える。

「俺はライナス・リーダス。よろしくな」

 まるでその日初めて出会うようなやり取りだ。ライナスの態度に流されるようには間の抜けた返事をするのだが、そんなものでも彼は満足する。真っ向から彼女がライナスを見たのはこの日が初めてだった。


ヒロインは召喚士設定で書いてみました。
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