「ちょーっとエクラ君?どういうことかなぁ?」
思わず隣で飄々と指揮をする召喚士の名前を呼んだのは致し方のないことだった。じろりと不満をふんだんに盛った視線をやっても彼の顔色が変わることはない。それどころか“どうして?なぜ?”と面食らった顔をして見せるのだ――もちろんそれが故意によるものだとは知っている。年下のくせに、とぼそりと、いや彼に聞こえるように毒づくものの綺麗に流されてしまった。
腕が痺れていた。
久しぶりに戦場へ向かうメンバーとして召集されたかと思えばだまし討ちだ。いや、敵にされたわけではない。エクラにだ。そしてそれは精神的なものだった。
彼がなぜそんなことをしたのかよく分からない。
「良いじゃないか。ほら、来たよ」
「よぉ。お前が召喚士だな?」
そんなやり取りをしていたとエクラの前に現れたのは、先ほどまで彼らが戦っていた相手だ。エクラはともかくとしては彼をよく知っている、つもりだ。
「俺はライナス・リーダス。黒い牙では【狂犬】と呼ばれていた。
この俺を倒したんだ。今後も期待してるからな!」
この世界で英雄を仲間にする方法は二通りある。一つは召喚士エクラの行う召喚と、もう一つは戦って勝った場合でライナスは後者にあたる。
「よろしく。僕は召喚士のエクラ。そういえば黒い牙って――」
「お!知ってんのか?」
「知っているよ。ニノ、ジャファル、ウルスラ、そしてロイド。彼らが僕らの陣営にいる黒い牙メンバーだよ」
知った名前に敵と認識した人間のものもあった。何時もの彼なら、敵と認識したその名前に二つ名に恥じない激情を見せるはずだが、彼の興味は一つに絞られる。順に出される名前に正直に喜怒をあらわしていたが、最後の名前の効果が絶大過ぎた。ライナスは自他ともに認めるロイド崇拝者……といっても過言ではない。
「は?今、何つった!?」
「黒い牙メンバー……」
「違ぇよ!おま、今兄貴のなま――ロイドって!!」
「いるよー。ロイドさん」
こちらのライナスも自分の知るライナスとはそう違わない。そこになぜか安堵を覚えて、はほくそ笑みながらいうのだが、彼には良い印象を持たれなかったようだ。いや、勝手に話に加わるな、といったところなのかもしれない。肩をすくめて輪の外へ出る。細かいことは指揮を任されているエクラが説明するはずだ。と、他の仲間たちの元へ向かう。彼らに“良いことあった?”と聞かれることすら嬉しい気がして、そっけない返事は表情とまるで矛盾しているからさぞ不審がられていることだろう。
良いのだ。全然構わなかった。ライナスにはライナスの想いがあるだろう。そして彼が兄を慕うのには定評があった。加えて彼らの未来は残酷だ。そうした記憶を持つなら連帯感は強いはずで、初めて会う自分の口から気安く兄の名前を出されたら面白くないのだろう。当のロイドが居るなら話は別かもしれないが――あいにくと彼はメンバーから外れている。
「さん。どこか痛いところはありますか?」
「大丈夫。痺れてるだけみたいだから。ありがとう」
同伴の回復役を担うサクラが心配そうに声をかける。痺れていた利き腕はだいぶ感覚を取り戻していて、治癒魔法の世話になるほどではない。言えば、彼女は嬉しそうに小さく笑んでぺこりと頭を下げ、ほかの治療が必要な仲間たちのところへ向かっていく。手伝えることはと言おうとして、結局彼女の治癒魔法でそれこそ包帯が要らないレベルまで治るのだから気負わせないように声を掛けないでいるに限る。
「おい」
サクラが治療をするのを遠目に観察しているところを声を掛けられた。振り向かなくとも分かる。
「なに?」
「俺の一撃を受けたよな。大丈夫か?」
「うん」
ライナスの少し気まずそうなそれは懐かしくも昔、手合わせしていた過去を彷彿させる。彼にはそんな過去はないというのに、彼の一挙一動が、埋めていた過去を掘り返す。耐えられないかもしれないと思っていたのに、いざそうなってみれば何てことはない。挙動を怪しくすることも、涙が突然流れることもない。至って普通に接することが出来ている。
袖をまくり、ひどい怪我などしていないと示せば、漸く彼は納得した。
「お前、兄貴のこと知ってんだろ?」
そして唐突な問いには笑った。何処の次元の彼も世界は兄で形成されているらしい。
「おい、笑ってんじゃねぇぞ」
「ごめん。ライナスだなぁと思って」
「俺のこと知ってんのか?……兄貴か?」
「ロイドさんからも聞いてる。あとはまぁ追々とそのうち」
「……意味分かんねぇ」
初見の自分のことよりも、ロイドのことが聞きたくて仕方がないらしい。自分のことなど眼中にはなくて、会えないならば情報を得ようとする彼の兄への愛情深いことか。ただ一つを除いて自分の知る彼と相違ないことは確かに嬉しくある。けれども――
「まぁ良い。で、名前は?聞くの忘れてたわ」
当たり前のやり取りのそれがうら寂しさを誘った。