突然のキス
Linus @ FE烈火
Published 12.01.23 - RePublished 19.12.19
title by 恋愛に関するいくつかのお題
予てからこの二人を見ていると疑問が湧く。
ロイドは欠伸を噛み殺しながらテーブルに対し斜めに腰かけて頬杖を付き、酒場で今現在、渦中の人となっている彼らを見物していた。騒ぎ合っているのを聞くのは嫌いではないが、怒声が飛び交う痴話喧嘩の中に居るのにもそろそろ飽きてきたところだ。
寝よう、と席を立ち周りを見渡すと――誰も彼もがこの二人に釘づけだ。止めようという奇特な人間は仲間達の中にはどうやら存在しないらしいことを知ると、間違っても巻き込まれることは止そうと彼は思ったらしい。
とライナスの痴話喧嘩の発端は何時もと変わらない、誰からしてみても下らない理由だった。自分たちでわざわざ恥を晒している彼らは恰好の酒の肴なのだが気づいていない。当初の喧嘩理由も朧になり、相手の短所をわざわざ探して相手へ投げつけていたが――尽きる時は必ずやって来るものだ。
一息吐いて、何時の間にか用意された水を、二人は一気にそれも同時に飲み干した。
拍手喝采、とは周りの野次馬達だ。
阿吽の如く息が合う様を見せつけられて感慨深いものがあったのかもしれない。しかし二人は野次馬達を気にすることもなく、力尽きたように椅子へ腰掛けた――やはり同時に。
「つ、疲れた…。」
まず声を発したのは
だった。何時もとは少し違い声が嗄れている。ライナスも釣られて“疲れた”と発していたが、これもまた同様に嗄れている始末。「本当に馬鹿だな」と、そう云わないでいたロイドは兄心だと確信しているが二人は今手一杯でそれどころではない。
「「バカらしい」」
そして漸く二人は自分たちを理解し、ぼやくとテーブルへここぞとばかりに突っ伏してしまった。周りの野次馬達は物足りなさそうな顔をするが、仮にもライナスは四牙の一人である上に血気盛んな若者だ。タコ殴りで済めば良い方だ、と思われるような事件は、皆避けたいことだったに違いない。だから余興が済めば直ぐに彼らは各々の場所へと戻って、違う肴で馬鹿騒ぎを始めるのである。
「もう――暫くはライナスと口、利かない……」
「おま、まだんなこと云って…」
「違う。今、息切れしてしんどい」
這いつくばるようにしてゆっくりと顔を上げて二人は目線を合わせる。云いたいことを云い合えるのは良いことだとは思うのだが、そして自分たちはいささか云い過ぎ合いかもしれないとも思うのだが止まらない。体力も限界、とは大袈裟だが溜息を漏らせば、ロイドが口をついつい滑らせてしまい“馬鹿丸出しだな”なんて痛恨の一撃だ。
ロイドに惚れこんでいる
は今にも泣きだしそうな顔を両手で覆うと仰々しく泣き真似をしてみせた。これがまた彼の兄には筒抜けであるから効果は皆無で、効果が抜群にあるというのなら自分の恋人だから参る。
ふと気づいたのはライナスが少しばかり抑えた声で兄を諌めているからで。それを鼻で一笑されてしまい腹が立ったのかは知らないが、口をへの字に曲げて見せる彼は子供そのものでロイドは小さく笑う。そして
が顔を上げた時だ、もの凄い勢いで肩を掴まれたかと思うと立たされて――もちろんライナスにだ。
「え?ちょ、なに…っんぅーーーー!?!?」
それからは疾風の如き速さでライナスは
の唇を奪った。叫び声にもならない叫びが閉じられた唇の僅かな隙間から零れ落ちるのをロイドは聞き逃さない。周りもそうだ。
呆れた、とロイドは思った後にクツクツとこみ上がってくる笑いを腹を押さえて耐えている始末。彼にとってもこの二人は完全な肴なのである。
ヒュー!
一様に野次が飛び始めると
の顔は茹でた蛸のように真っ赤になって、全力でライナスを引きはがそうと試みるが悲しい男女の差がある。熱い、執拗なキスは何時もの事だが――いや、場所を選ばないのも何時ものことだ。そこでようやく喧嘩の発端を思い出すのだが、彼が飽くまではどうにもならないことまで思い出してしまう。
見せつけることが目的なのだろう。グイッと体を持ち上げられると益々逃げ場はなくなり、舌が挿入されて深い口付けを要求される。要求も何も勝手に彼がしていくだけなのだから
にはどうしようもない。
「ら、ライナス…っ。みんな見て…るっ」
「見せつけろよ。特に兄貴に、な」
「付き合ってられるか。俺は寝る。おやすみ、
」
牙の夜はこうして深け、二人の口論が再び始まるのは時間の問題なのだがロイドはそれに捕まるつもりは毛頭ない。彼はいち早く休みの言葉と共に去っていくから、無理に
はライナスとの口付けを解いて、去ろうとする彼へと惜しむらく手を伸ばす。振り返りもしないロイドは背中を見せて手を振るだけで――もちろん振り返れば巻き込まれると知っているからだろう。
「…お前なぁ、恋人は俺だろうがっ、オ・レ!!」
ライナスに上から怒鳴りつけられる
は乾いた笑みに愛想を乗せてみるものの不器用な笑みの出来上がりでしかなく。一歩詰め寄られては仰け反らざるを得ない。「まぁまぁ」と両手でいなそうと試みては見たものの――大きな手一つで掴まれ腰を抱き寄せられ、彼の自慢は暫く続いていた。