いつかこぼれる
Linus @ FEHeroes
Published 19.11.06
title by はだし
運が悪くなってしまった。ライナスはアスクヘ喚ばれて強く思うようになった。父親の強靭さ、母親のしなやかさが自分の強さの基底にあり、それらを伸ばしてきた自分に自信があった。命が散るまでは疑ってはいなかった。
甦り、というどう考えても神の領域であったが、これには所々に不完全な部分が出来上がってしまうらしい。その一つが自分の不運だとライナスは思っている。彼を除く英雄たちも同じ考えであるかは――分からない。
少し前を
が歩いていたが、違和感があった。そのまま見ていれば直ぐに合点がいく。彼女は片足を引きずっていて、壁に手を添えながらびっこを引くのだ。そういえば、新しく召喚された英雄の為に修練の塔とやらに付き合うことがある。と言っていたのを思い出して、何故か溜め息が漏れてしまった。すると、やはり何故か今まで止まっていた足が動き出して、彼女のもとへ向かっている。
「よぉ」
ずいぶんと無愛想な挨拶だと自覚はある。しかし彼女は、
は、見止めるやいつもと変わらない調子で手を振ってくるのだ。
「痛いならさっさと治してもらえ」
「今、忙しいみたいよ?」
「いや、待ってろよ」
痛いのにわざわざ歩き回る意味が分からない。待っていたら軽傷な部類の彼女は先に治療を受けられるかもしれないのだ。
見つけた椅子に座る
は怪我した足を伸ばしていた。血は止まっていたが何かしらによる裂傷がくっきりとあった。傷など当たり前の世界で生きていたライナスにそれは生易しいものだ。それを目にしたところで臆病風に吹かれることはない。慣れた、というのは冷たくありながらそうならざるを得ない世界で生きた副産物でしかない。彼女もまた自身の傷に無頓着なのはそうした理由からかもしれない。ライナスには判らない。ただ、怪我した姿というのは心地良いものではないことだけはいえた。
「あれ?暇つぶしの相手になってくれるんだ?」
何故そこに腰を落ち着けてしまったのか、ライナスの中では無意識のものだった。はたと気付いて、何やってんだと後悔しても遅い。何もかもこの自分を知る
という女が悪いに違いない。もっとしっかりしていれば、こうして気に留める必要がなくなるのだ。
嬉しそうな顔にイラとしてしまう。小突いたところで思うようにはならないだろうし、そもそもどう接するべきが一番なのかライナスにはまだ分からない。
「怪我人を放っておくほど【牙】は非情か?」
私情を理念に包んで問えば、
ははたと動きを止める。【牙】をよく知るのだ。一瞬時を止めていた顔はすぐにくしゃりと崩れる。
まったく弱いくせにでしゃばるから痛い目をみるのだ。エクラを手伝うことで自分の居場所を確保しているのならそのまま甘んじていればいい。ライナスは強く思っている。本人の心の強さは関係ない。成せるか否かだ。人を率いる立場にあったライナスには多少の差異はあれどエクラの負担は解る。
「解るんだけど温泉に行きたい」
「はぁ?」
そうして負担をかけているのに、理由を聞いてしまって後悔しかない。いや、頭が痛かったのかもしれない。こぼれた言葉に全てが乗っていただろう。
「あんなもん――」
「うっそ!ライナスは行ったの!?」
「お、おう」
あぁ、まずい。そう思ったときには手遅れで、兄の呆れた顔が何故かちらついた。ついでに“温泉”に入りたいと
が熱心に語っていたこともだ。完全なる薮蛇だった。
「ここにもあるじゃねぇか。風呂」
「あ!分かってない!天然の温泉は肌がつるっつるになるのよ?」
「野郎にはどーでもいー」
ライナスにとって
のその熱弁の内容は下らない部類に変わりない。ぼそりと本心を呟けば次はやれ怪我に良いだのという。古傷にも、というがにわかに信じがたいのが実際で、半分しか頭の中には入ってこない。いや半分も危うい。
「だー!うるせぇな。次に行くことがありゃエクラに言ってやるから黙ってろ」
「マジで?絶対だよ?約束したよ?」
「わかった。わかったって」
面倒くさく思うほど彼女は一喜一憂して、今はもちろんすこぶる機嫌が良い。エクラに伝えるつもりはあれど、決定権はエクラにしかない。まるで叶うといわんばかりの喜びように、少し居心地が悪い。これで彼女の望みが叶わなければ自分の責任になりそうで、かといってやはりエクラとはそう親交が深いわけではないのだから、運に任せることになる。もしかしなくても馬鹿なことに足を突っ込んでしまったのかもしれない。
「お前、ほんっと警戒心ねぇな」
「だいじょーぶ。人選んでるよ」
「そーかよ」
自分から見れば割と誰にでも心を開いているように見受けられるが、本人いわく違うと言うなら信じてやっても良いのか――いや違う。向けられる好意に悪い気を起こしていない、実に単純な許容だ。
不思議なもので、にこにこと話す
を見て安堵したのだ。自分よりもこの地が長く、心配する必要は無いはずなのだが、もしかすると兄のいう“放っておけない”というのが、一つのまじないのように自分の中に根付いてしまったのかもしれない。それは義妹のニノに抱くものに似ている気もする。いやほんの少し違う。
「で、見返りは?」
そんなものをニノに求めたことは一つだってない。“普通”を知らない妹には与えてやりたかった。居心地のよさを。濁したくもなかった、驚くほど真っ直ぐに育っているそれは貴重だ。かといって
の中身にケチをつけるつもりはない。ニノと違って当たり前である以前に彼女は妹ではなかった。
「考えといて。報酬は後払いね」
「……忘れんなよ」
約束は取り付けた、とはいってもその如何は運任せであるし、ライナスが無理をする必要は無いものだ。そんな約束もしていたか、と思えるような軽いそれはおそらく負担になり得ない。ただの話の流れの中に組み込まれた盛り上げの一種とすら言っても良い。だから気が楽で――
「そろそろシスターも手が空いただろ。行くぞ」
少し優しくしてやることに躊躇いが無くなる。
のろりと立ち上がって、隣に立った。ただ目の前にあるライナスの腕を掴み、それを支えに
は立ち上がる。歩けないことはない。それでもライナスの面倒見の良さに、それも彼自身が差し出してくれるそれに乗らない理由はない。太く逞しい腕は造作もないとブレないし、とても強く支えてくれる。そうした確かなものに甘えても良い、許される、それが堪らなく嬉しくなって
は腕を絡めるようにしてライナスに自重の多くを預ける。やはり多少のことではぐらつかない。不機嫌な顔をしているが、それも薄っぺらい。
「怪我してニヤけるとかヤベェ」
そんな言葉すらじくじくと主張する傷の声を小さくすることを彼は知らない。
も知らなかった。