100年先の喜怒哀楽も


Reedus @ FEHeroes
Published 19.09.12
title by sprinklamp,

 

 気分が優れないなぁと思って、その日は一人でいることに決めた。ひどく相手に絡む醜態を持っているわけではなく、単純に自分のなかで他人と話す気分でなければ、気力がなかった。それを表しているのか何だか周りがワントーン暗くなっているようにも思えて、眠ってやり過ごすのもひとつの手だとは知りながら、そんな気分にもならない。
 あーあ、と訳のないため息をついてはぐったりとする。月が綺麗だなーと思える余裕はぎりぎりあって、拠城の最上階に寝そべって見上げていた。満月とは程遠いそれは滲んでいるから、明日は雨なのかもしれない。
 ぐるぐると形にならない嫌な気分が浮沈を繰り返す。解決しようかと掴もうとしても、すいと逃げてしまうからなにも変わらない。あぁ、この波は無くならないのだなぁ、と幾度も経験している情緒の波にただただ翻弄されていた。
 ごろり、と横を向いて目を閉じる。髪の毛に砂埃が付こうと構わない。どうせこの後で浴場へ直行するのだ。

 コツン、と意識の端で音を捉えた。何だっけ?といつもよりも鈍く考えいるとコツコツと音は近付いてくる。

「何してるんだ、
「あーその声はロイドさん」

 ゆっくりと目を開ける。そこにはなにもないから、また空が見えるように転がる。月はなく、ロイド・リーダスその人が不思議そうな顔をして顔を覗き込んでいた。かと思うと徐に顔が近づく。彼はしゃがんで、また「どうした?」と訊いてくる。

「こういう気分」

 うまい説明が出来るとは思わず、言葉そのままに受け取ってくれとの口数は必要最低限だ。特に先を言及することもないロイドは少し思案する。話す気分にはなれないという彼女は目を閉じてしまっていた。

「皆のとこに行っても大丈夫だよ」

 なにも変わらずに言うのだ。本当はそうして欲しいのか。強がりなのか。ロイドには判りかねる。何せ付き合いが浅い。目線を交わせば汲み取ることも出来たかもしれないが、彼女が拒むならそれが答えなのだろう。
 とはいえ、そんな望みを聞いてやろうとは思わないのだ――見つけてしまったのが運の尽きか。ついには腰を落ち着けてしまったロイドの気配には苦く笑う。「心配性なんだから」との言葉への返事は薄い笑みだが、見ることのないはしかし、彼の癖を何となく図って分かっていたのだろう。いささか尖っていた雰囲気が柔らかくなっているのだから。

 ゆっくり、思い出したようには目を開けたがやはり同じようにして目を閉じる。ロイドを見止めずに。間隔があいて、胸の上に組まれていた手がパタンと落ちて、彼女が眠ってしまったのだと知る。
 頼られるのも甘えられるのも嫌いではない。しかし自分では助けにならないのだろう。彼女は自分の中でいつも終えてしまう。おそらくそれはのの不可侵の領域なのだ。せめて、と胡座をかいた足の上にの頭を乗せた。その刺激が意識を僅かにもたげさせても彼女自らが深いところへ戻っていく。安心がもたらすものだと思えば悪い気にはならない。

「ずいぶんと強情な奴だな」

 いい意味でもわるい意味でもロイドはそう思っていて、の頭が乗っていない方の膝に肘をついて寝顔を見下ろす。すり、と時おり動物のようにすり寄ってこられると、なんともいえない気分だ。他意もなにも、ただそこに在る感触にすがっているのだろうが、何ら穿つ必要がないのが楽ではあった。
 彼女の住んでいた世界も、家族も、文化も、【ロイド】と【ライナス】の話もすべて聞けてはいるのだ。誤魔化す手伝いならいくらでも出来た。

 表面しか触れられないのだ。





「おう、兄貴。ここにいたな」

 びくり、とらしくなく焦りが出たのは、声をかけられるまで存在に気づけなかった不甲斐なさか。弟であるから済んだ話だったかもしれない。

「どうした?」
「ラガルトが呼んでこいってウルセーんだ」

 既に軽くできあがっているのか、ライナスの表情は明るい。「早く行こうぜ」との言葉に身動ぎ一つしない兄を不審に思って近付いて、その兄の膝の上に頭をのせる人物を見止めると、ライナスは目を疑った。

「なにこいつ、寝てんのか?ここで?」
「さっきな。放ってはおけないだろ」

 実のところ、放っておいてくれとは言われているのだが口にはしない。ただその言葉の有無など関係なく、ロイドもまた面倒見の良い男であるから、放っていくことなどできない。今のライナスもきっとそうだ。

「じゃあ起こして連れていくか」
「お前は……」

 言うやライナスは傍にしゃがみ、無遠慮にの肩を掴み揺する。

「んー、な、に……」

 もちろんの口からは機嫌の損ねられた一声が飛び出す。拒絶するようにきつく目を閉じてみても、酔った男には大した効果はない。むしろ余計に起こしてやろう、と躍起にさせるものだ。子供じみた攻防戦は、ライナスがの鼻を摘まんで決着がついた。
 迷惑極まりない、と憮然とした表情を隠しもせずがパチリと目を開ける。そして自分を起こしたのがライナスだと今更ながらに理解して、同時に納得もした。いや、放心していた。

「ライナス……?」
「おう。なんだよ?」

 心は先程よりも静かで、浮沈していたものは底に沈殿している。だからひどく濁ってはいなかったし、濁るようなざわめきもない。一瞬の見間違いを、冷静にいなせるほどには凪いでいる。こうもあっさりと凪いだのは久しぶりな気がして、涙が出ることもない。のろりとした動きであれ体を起こすことが怠いということもない。
 目の前の男から視線をはずして振り返る。後ろに手をついて少し上体をそらしたロイドがいて「止める暇がなかった」と弁明していた。含み笑いが真実を語っていたが、まあ良い。

「顔色が良くなったな」

 つ、と伸びた手が頬に触れる。少々では壊れようがないだろうに、部分的に硬質化している掌は彼の強さと反比例した優しさを見せる。先程とは一転して、触れられることに嬉しさを覚える現金な自分を、は持て余した。

「心配しすぎじゃない?」

 そんなに構ってくれなくても大丈夫だ。と暗に伝えるのは自分なりの遠慮であった。いや、分かりやすく言葉にしないのなら、やはりうわべのきれいごとだったかもしれない。そして、彼はそれを見透かしていたのかもしれない。
 特に返事をするでもなく、ロイドは手の甲での頬を撫でる。それが妙に気恥ずかしさを誘って、後ろから突然聞こえたライナスの咳払いがなければ、間違いなくは倒れていただろう。起き抜けの心臓にはそれほど刺激が強かった。

「ほら行くぞ」

 目線の高さが変わる。ぐいと腕を引っ張られて、はロイドの足を踏まないように何とか立ち上がって、原因を見やる。

「お前が来りゃ兄貴も来るんだよ」
「え?なにが?説明端折り過ぎてない?」
「ラガルトがうっせーから早く来い」
「こらこらこら!説明になってないって!ロイドさん!」

 説明を求む!と保護者たる兄の名を呼んでも、彼はゆったりとした動作で立ち上がる。強引なライナスを咎めるわけでもなく、先を歩いていた彼らに追い付いたかと思えば、やはりそのまま伴って歩くのだ。ただ、ライナスとは反対側の腕をロイドがとるから歩く速度が早くなって、は引きずられる。

「え?起きたばっ――」
「1杯だけ頼む」

 選択肢はなかったが、柔く笑まれては何も言えないのが実のところだった。



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