のばせば届く道理はない

 

 

Published 20.08.13

 

「おっと、」


 見つけた小屋に飛び込むようにして入ったクロードは、暗がりのなかで椅子の上に膝を抱えて座る人物を見て、ついぼやく。
 自分の存在を相手に伝えたい意図は確かにあって、とはいえ慌てていてドアを開けるのに結構な音が出ていた。「すまない」と驚かせたことを詫びて、外套を脱いだ。

「雨、すごそうだね」
「向こうの雲は雷の住処になってるよ」

 小屋のなかにいても、時折ゴロゴロと地を這うような轟の音が聞こえていた。そろそろこの付近にもやってくるのだろう。雨足も確実に強くなっている。弱まるまで足止めを食らうことを余儀なくされてしまったが、一人でないのは都合がよかった。暇をしなくていい。

 脱いだ外套をフックへ引っ掛けたあと、クロードはの側に腰かけるつもりで近づく。と、途中で何かを蹴ってしまって、それが彼女のブーツなのだと合点がいったのは、膝を抱えるが素足だったからだ。濡れたのかと思えば、靴底に泥が多少ついているだけで、自分のように大雨に降られたということはないらしい。

「あ、ごめん」
「ん?」


 抱えていた膝を下ろして、ついでに蹴り飛ばされてしまった自身の靴を拾っては椅子の下へ置き直す。ただ、何に謝っているのか、クロードは分からない。

「クロードの世界は女の人が素足を出したらはしたないのかな、とか」
「まぁ貴族ならそうかもしれないが。俺は気にしたことはないよ」

 どうぞ、楽に。少し恭しく、が思わず笑ってしまうように畏まりの所作の中におどけを混ぜて言えば、狙い通りだ。一瞬、呆けはしたものの彼女はくつくつと笑う。さらには不必要な礼までも言われてしまうから、やはり同じ調子で「いえいえ」とおどけるのだ。

「ところで、はなんでこんなところにいるんだ?」

 雨宿りをしているのは分かっている。だが、この小屋は城外にあるもので、使用者もアスクの国民が主だろう。城外に出て、まさか顔馴染みに会うとは思わなかった。そんな驚きが疑問に転じただけだ。それはからしてみても同じことである。そしてクロードは単純に探索していただけで、彼女に大層な理由などもちろん求めてはいない。それでも訊ねなければ、彼女のことなど何一つ分かりはしない。

 クロードはこの世界に召喚された異界の英雄たちに興味を持っている。だから彼は自ら声を掛けるし、宴会と称して親交の機会を積極的に作ろうとする。もちろんその中にはも含まれているが、ことのほか興味を抱いてしまうのは、特殊な世界から召喚されたからなのだろう。
 異世界に飛ばされて10年は下らないという。その割には飛ばされた先の世界観に染まりきれていない。順能力はあるのだろうが、どことなく危うい。庇護がなければ一人では生きていけなさそうにも見える。その彼女の10年はただ幸運だったのだろうか、と彼自身も訳のわからないことに興味を持ったと思っているが、一度疑問に思うとどうしても知りたくてならない。
 ただ、些細な歓談をすればするほど、この世界にそぐわない気はしていた。

「私の話、おもしろい?」

 彼女の問いに答えるなら、是ではある。自分のためになるかといえば、ならない。だが、単純にわいた興味を満たしてくれる。穿った見方をしなくていいのは、クロードにとって束の間の憩いともいえた。相手の言葉をそのまま信じるのは慣れないが、彼女は自分を陥れる理由など持たない。そもそもそうしたことに疎い。それだけはすんなりと自分に染み込むように納得できてしまうのだ。毛色がちがうからなのか、そうしたことも含めてクロードは彼女に興味がある。そして理解したい。そういう好奇心があった。

「だから話してるんじゃないか」

 が呆れた顔をする。自分がそう印象付けられるように普段から軽いと、そうみえる物言いであるとクロードは自覚している。だから、彼女のそれは意外でもなんでもない。仕方のないやつだ、といわんばかりの、しかし見限らない人の善さに充てられると少しくすぐったい。こんなにも薄っぺらい部分しか見せていないというのに。

は人が善すぎる」
「あら。クロードは私のこと騙すの?」
「今のところ予定はない、が、まぁ正直者ではないんでね」
「ふーん」
「例えば名前とか」
「あ、私の世界もあるよ。ほんとの名前はその人を縛るから誰にも教えちゃダメってやつ」
「……気にならないのか?俺なら調べるけどな」
「気になるのはなるけど、わざわざこう呼んでね、て言われたらそっちでしょ?」

 やはり彼女は人が善すぎる。自分の利益になることを放っておくなんてどうかしている。別に相手に名前を知っていることを知らせる必要はない。いざというときの切り札として持っていれば、優位性が増して、動きやすくなるというのに。
 信じられない、といった面持ちのクロードには笑うしかない。自分のいったことは、只のお伽話のようなものだ──彼女が知る限りでは。本当にそうしたことが出来る人もいるかもしれないが、非日常であり、きっと自分には遠く及ばない世界の話だと思っている。

「クロード。私の話、言い伝えみたいなもんだからね?……って聞いてない」

 話の肴に、と不確かな、それでいて少し面白そうな話として挙げたに過ぎない。話を鵜呑みにしないクロードだからこその戯れの一種だ。の意に反して神妙な顔つきになってしまうから、彼女は慌てて「冗談だよ」と付け加えるのだが、あいにくと彼には届かない。

「知りたがり屋さんも大変ね……」

 まぁいいか。そう思えたのは、そうして興味を示さずにはいられないのが彼の本質だと、理解しているからなのかもしれない。真偽のほどが定かでない話だというのに、ある意味で真摯に会話してくれているのだと思えば、悪い気になどならない。

「そう。俺は側に置く人間のことは知っておきたい」
「執念……」
「そこじゃないだろ」

 クロードの浅黒い手がの足首を掴む。

「戦いたくないって言ってるじゃん」
「あんたに戦力は求めないよ」
「それはそれで傷付くわ……。足、放して」
。わざとはぐらかしてないか?」

 すり、とはぐらかす彼女に焦れて、クロードの長い指が撫でる。ぞわりとそこから這うような感覚に、思わず足を引っ込める。ぐらりと体が傾いた。椅子に座っていることを失念していた。手が空をきって哀れな鈍い音が響く。背中と頭が痛い。

!」

 も驚いたが、原因の一因であるクロードも珍しく狼狽えた様子だった。助け起こそうと立ち上がって、体が前にでる。手もでた。のだが、恨みがましく睨み付けるの顔を見て、はたとやめてしまった。もとより助け起こしてもらうつもりなどないのか、彼女は身をよじり体勢をたてなおそうとする。
 普通であれば、女を助け起こすのは男の役目であり、それを受け入れるのが女の役目であった。そうされるべき風潮があった。だが彼女が手を伸ばすことはない。甘えることも女の甲斐性の一つだが、そうした自分の中にある当たり前の女のあり方をは持っていない。それもまた彼女なのだ、とクロードは異を唱えるつもりはない。ただ、不思議なのだ。
 男の気遣いを受け入れる風潮はたしかにあったが、きっとそこに世界の隔たりはない。形式的なそれとはまた別に、男女の間にはあって然るべきものでもあるはずだ。実際、がそうして相手に甘えているのを見たことはある。付き合いの差といわれてしまえば終わりだが、そう悪い付き合いをしているつもりがない分、その差はどこから生じるのか。

 上半身を起こそうにも、痛みからか動きの鈍いは少しばかり足元の椅子に苦戦していた。変に持ち上げられているのか、うまく整わない。クロードが動きを阻む椅子をどかしてようやく、彼女は体を起こすことができた。

「顔がちかい」
「さっきの話の続きがしたいんだが──」

 ぬ、と整った顔が近づくのを、は片手で押しやる。

「話なら離れてもでき……っ」

 押しやられたところで、クロードは諦めるつもりはない。指先に軽く歯をたてた。
 は鈍いのだ、きっと。そう思い至って、細い手首を捕まえてぐいとひっぱる。髪に隠れた耳元に唇を押し付けるようにして、囁く。途端に、は耳を押さえて、首まで赤くした。

「な、ななに、なに言って……」
「照れてるってことは少しは期待できそうだ」
「ちが、ちがうから!」
「まるで信じられないな」

 エメラルド色の瞳が悪戯っぽく細められる。そのまま何かのお芝居のように手の甲へ、小さな音をたてて口付ける。そんな扱いをこれまで受けたことのないは、ひどく恥ずかしくなって振りほどこうとするが、寸でのところでしかりと握られてしまうのだ。手のひらを合わせて、指を絡めて、また手の甲に触れてくる──クロードが何を求めているのかには理解できない。
 クロードはとても賢い。彼が召喚された際に記入される人物評にはそう記されていた。実際に言葉を交わしてもその通りだと思う。話上手で、聞き上手だ。だから彼が催す宴は楽しい。踏み込む加減も心得ていて、嫌な気持ちになったことはなかった。
それもこれも彼に大望があり、実現のためにそれを身に付けたのなら相当な努力家であるし、天性のものだとしても尊敬の対象となった。

「むりムリ無理!ほんっとムリ!恥ずかしいっ!」
「……大袈裟すぎないか?」

 いくらなんでもそれは、とクロードは思っていたが、どうやら言葉の通りは恥ずかしくて堪らないらしい。割り切った付き合いをしているくせにだ。割りきっているからこそなのか、だとするなら今目の前にいる彼女の態度は──クロードの口角を下げるどころか、ますます深みを帯びさせる。

「なるほど……そういうことか」

 にこり、クロードは形よく笑う。あまりに整えられていては並々ならない危機感を覚えた。冷や汗が、もしかしたら流れていたかもしれない。一人で納得するクロードはそのままの気持ちを置き去りにして、事に及ぶ。彼女の危機感を実現させるのだ。



 

「んんっー!?」

 やや乱暴になってしまった。なんだか無性に心が踊るのだ。謎が一つ解けたからなのだろうか。抵抗されたところで、それが陳腐なフリにしか思えない。もしそれが自分のひどい思い込みだとしたら──考えないわけではないのだが。
 合わせた唇を伝う小さな抵抗がおさまる。諦めの可能性も捨てきれないが、舌を入れても押しどけられないならそれが答えなのだろう。ぬるりぬるりと絡めあうだけでも満足しそうな自分がまるで別人に思える。
 控えめに差しだされた舌を吸いながら、クロードは器用に服の下に手を潜り込ませる。生き物のように、柔らかな肌の上を這って立ち上がりかけの頂を指先でぎゅ、とつまんだ。もぞり、とが下半身をくねらせる。足の間に体を割り込ませ、固くなりかけた雄を押し当てると彼女の体は熱を少しあげたようだった。
 服をたくしあげて、柔らかく暖かな胸が自分の手で形を変えているのを見ると高揚感がある。は自身の腕で顔を隠してしまっていたが、時折我慢から漏れた抜ける甘い息がクロードを安心させた。

「っ!……ぁ、」

 ゆっくりと足を撫で、下着越しに秘められた部位に触れる。何度か擦りあげていくと染みが浮き出ていて、下着を脱がせば短く糸を引いていた。
 ひくりと収縮する蜜孔が指をまるごと飲み込む。じゅ、とした卑猥な摩擦音はほんの少しの抽挿でも響いて、クロードの長い指をてらてらと濡らす。その淫らな音をわざと響かせるクロードの動きに、腰がひくついてしまう。少しずつ頭をもたげて姿を表す感覚をは知っている。
 不意に小さな圧迫感が抜けて、次いで視界が開ける。クロードがそうしたらしいが、言葉を発するよりも先に唇を押し当てられた。そうした繋がりを深くしようと舌が口唇を割り入ったのと同時に、強い圧迫感を伴う表現しがたい感覚が一気に下腹部から頭の先を目指すようにのぼって、体がびくりと跳ねた。

「ん、ふっ!……ぅ、んッ!」

 声を出せたなら多少は楽だったのかもしれない。けれども苦しい。ぐぐぐ、と目一杯に突き上げれたまま、それでいて相変わらず口を塞がれている。「クロード」と名前を呼ぼうにも、阻むように角度を変えて舌が口内をなぶるから言葉はただの呻きにしかならない。
 クロードの黄色いシャツを、皺ができるほどの強さで握りしめているが、それでも彼は一時の安らぎも与えてはくれないらしい。頭上で両の手を纏められて、性急に体を揺さぶられて、冷静になる時間を与えてくれないのだ。

「ん、ん、ッん、ぅ、……んっ、」

 何度も揺さぶられて、雨音よりも身近に水音がする。中でかき混ぜられて白く濁り、どろりと愛液が結合部から溢れて床を汚す。おもむろに口付けが終わって、クロードは上体を起こすものの変わらない強さで体を揺さぶってくる。鮮やかなエメラルドに何時もの気軽さも余裕もない。

「あ、あッ……ん!……くろ、……ア!」

 それでもクロードの瞳はなにかを見ていて、はそれがなにかを考えずにはいられない。

……っ、」
「は、っあ!……イッ…………、ぁんっ!」

 両の手首を引っ張られて体が固定される。抉るとは正しい表現に違いない。固く怒張している先端が襞をぐりぐりと抽挿の度に強く引っ掻くのだ。それまでと比にならない。逃げ場などなく、腰が打たれるたびに肉の打ち合う音が響いている。音が激しくなるにつれて、頭のなかにもやがかかる。自分の乱れを、恥じらう気持ちを覆うからか、薄れるほどに嬌声が溢れてしまう。高くなる声が短く刻まれ始めると、知らずクロードの手首を強く掴んでいた。跡がついてしまってもおかしくない。それでも高みが近づくほどに離しがたいものになってしまって離せない。

「ぁ、ああ!も……ぃ、あアッ──!」

 ぎり、と爪を立ててしまった気がする。それでもの中の大半を占めるのは身を震わす悦楽で、体の奥底から弾けて意思とは関係なしに体中を駆け回ってひくつかせている。一方で頭はふわふわしていた。
 少しぼやけた視界には苦しげな顔をしたクロードがいた。一時のことだ。すぐに安堵の息をついて、力の入っていた肩を下げた。

「級長なのにモラルとか……」
「カリスマ性と欲求は関係ないんで」
「そうきた」


 親指でからかうように手首を撫でてくるクロードに、も控えめに倣って応えた。少し違和感があるのは、やはり先ほど少し傷つけてしまったらしい。彼の手首には爪の形のままに窪んでいる箇所があった。「ごめんね」と謝れば「大したことじゃない」と言う。そして、手持ち無沙汰な子どものように、手を絡めながら続けるのだ。

「中々あんたが信じてくれないのは分かるよ。そういう振る舞いは自覚してる。でも──」
「クロードはもっと賢い人を選ぶ方がいいよ。上に立ちたいなら」
「それでもが良い。と言ったら?」
「なんとも言えない」
「連れて帰る手立てを見つけたら?」
「…………」
「拐って帰るかもしれない」
「そうなったら、まぁ……仕方ないかも」

 がはっきりと自分に応えてくれないことを、クロードは知っている。彼女は過度に期待を持ちたくないタイプで、平穏を望んでいる。盛り上がりが大きいほどに、自分の申し出に対する先行きの不安定さは彼女の足を殊更すくませるのだろう。
 この世界に留まったままでいるつもりはない。けれども、元々住まう世界が違う人間を自分の世界へ連れていけるのか? それは未知の領域で答えはまだない。ただこうして召還が頻繁に行われるアスクなら、何かしらの有用な情報を得られる可能性はあった。まだ不可能ではない。

「俺に任せてくれ」

 が困ったように笑う。それが自分の話を鵜呑みにできない故のものだと知ってなお、諦めることなどできない。諦めの悪さには自信があった。

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