揺れて揺らぐ心の水
突然降りだした大雨に、びしょ濡れを余儀なくされたライナスは、小屋を見つけて自分は運がイイと思った。が、その小屋の先客をみとめるとあっさりと覆してしまった。
「あら、お仲間さん」
なにが楽しいのかわからないが、濡れた髪をタオルかなにかで拭いているに出迎えられる。濡れ鼠のくせしておいて笑顔だ。思わず出た短い返事の声音は、ぶっきらぼうになってしまう。まずい、と思わなくもないがさらりとが流すから、それに乗ってしまう。
濡れてしまったコートを脱ぐと、名を呼ばれた。かと思えば視界に白いものが広がってぶつかりそうなのを寸でのところで捕まえる。が先ほどまで使っていたタオルだった。
「さすが」
「いきなり投げんな」
「イヤじゃなければ使って」
ライナスが兄と揃えて着ているコートを大事にしているのをは知っている。それをライナスはなぜか面白く思えない。なぜかは分からない。見透かされているような気がするのかもしれない。それでも寄越されたタオルを使ってしまうのだ。ますます面白くはない。
コートが濡れたぶん、中に着ていた服は無事だ。有能なコートに感謝して、壁につけられたフックに掛けるともうやることがない。
すでに腰を落ち着けているの側に、そこいらに無造作に置かれていた椅子を置いてライナスは座る。そして手持ちぶさたを誤魔化すように話しかけた。無理にそうしたせいで、中身が思いつかない。そして案の定、「ふつうだよ」と短い返事があって終わるのだ。それまで以上に沈黙に対する居心地の悪さが生じてしまった。
「そういえば、」
しかし、ライナスは唐突に頭の中に浮かんだ事を訊ねてやろうと、言葉を繋げる。無意味な言葉の羅列ではなく、自身の中の疑問だ。ただ、そのきっかけを作ったのは古い友人なのだが。
「お前、自分で自分がおかしいと思ったことはあるのか?」
「すんごい失礼なこと言ってる自覚ある?」
「仕方ねぇだろ。そういう疑問なんだから」
「頭おかしい、ね。まぁ多少はあるけど」
目くじらをたてるでもなく、苦く笑っては答える。雨で濡れた前髪を払いながら。
よもや本人が認めるとは思わなかった。ライナスは虚をつかれたような気分だ。聞き方が悪いのも、聞くこと自体に問題があるのも自覚している。兄に聞こうものなら無言で殺られる。間違いない。
「少なからず思ってるから聞いてきたんでしょ。なんで驚いてんの?」
「普通は頭がイカれてる、なんて言われたらキレんだろ……」
「じゃあ傷付いたから、あとでロイドさんに言いつける」
「マジでやめろ」
女に何言ってんだ、とぶん殴られる。間違いない。自分の顔がひきつるのが分かるが、が緩く笑うのだ。冗談だとわかって──いや、その程度のことで兄を煩わせるような人間ではないと分かってはいたが、確実な安心感を得るなら、その方がいい。ただ、自分という人間を見透かされている気がして、やはり面白くはなかった。
椅子の背もたれに寄りかかる。ギィと鳴る椅子は少し頼りない。は片側だけで頬杖をついている。ライナスが次に何を言い出すのか、楽しみはあるようで微笑には期待が含まれている。彼女が面白がる話など自分にはできない。想像すらもだ。
「なんでさっさと兄貴とくっつかないんだ?」
そうして、結局は兄をだしに使う。共通の話題など持ち合わせていない。
彼女が兄へ好意を抱いているのは分かっている。兄も悪い感情は抱いていない。気にかけているのをよく見ている。時間の問題な気もしていて、自分が口を挟むことでないのも承知しているのだが、身内ゆえといえばいいのか。側にいるから嫌でも目につくのだ。兄はそういう話をしない。二人の進展具合など、部外者の自分には知りようがない。
ただ、予想を超えてがキョトンとするのだ。理解できない。
「ちょっと意味が分からない」
「は?だってお前……」
「そりゃいい男だと思うよ。なんてったって白狼だし」
「だよな」
が苦く笑う。それが何を含んでいるのか、ライナスは分からない。
「俺の兄貴の何がダメだってんだ?」
「だからダメじゃないって。好きは好きだけど、その範疇を出ないだけで」
「意味わかんねぇ」
二人の関係が進展すれば良い。そんなことは微塵も思ったことはない。ただ定まらないことが気持ち悪い。だからこその発破でもあったが、結果はどうだ。
「ライナスが“重ねるな”って言ってるんだけど。私も心の整理がまだつかない」
それ以上は“私の問題”と言わんばかりに、追随の言葉をライナスに許さない。表情も声の調子も特別なものではない。それなのにの瞳が少し鋭いだけで分厚い壁だ。立ち止まらざるを得ない。そして、ふっと緩むのだ。彼女の全てが。
古い友人と何かのきっかけで話した時だ。唐突にのことを話題にされた、いや自分から話題にしたかもしれない。彼女へ対する認識に賛同者が欲しかったのだ、おそらく。そして古い友人はおおむね賛同した。
『そりゃあ壊れたっておかしくない』
『でも、まぁ、みんなそういうヒビは抱えてるもんだ』
『見える見えないに関わらず。だが彼女の一部だろうな』
『お前だって……死ぬ直前は壊れていたようなもんさ』
ライナスには友人が言わんとしていることの半分か、それ以下でしか、理解できないでいた。その時は。今は感覚的にではあるが、分かる。いや、分かった気はしている。自分の中でどう繋がったのかの説明はできないが、腑に落ちたとはこういうことなのだろう。
「悪かったな。変なこと言って」
「謝らないでよ。雷が鳴るから」
「おいそりゃど──」
一瞬辺りが白く光って、凄まじい雷鳴が窓の枠と共鳴してうるさく鳴る。
「ほら」
「……チッ」
両耳をふさいで「近かったね」と、それまで何事もなかったようには言う。たまたま雷が鳴ったのだとは思うが、水を差されてしまったことに違いはなく、ライナスの気分は削がれてしまった。どうにも話を続けることが出来ない。そう思っていると、次に彼女がぽつりと繋げてきた。
「あっちもさ、仲の良い兄弟なんだけど。片方が死んだ瞬間、私のことなんか目に入らなくて──」
「‘‘兄貴’’が残ったんだろ?」
「どっちかと言うと私は“ライナス”に腹を立ててるけどね」
「……なんで」
「“ライナス”にナンパされたから」
「……」
「冗談だって。でも拾ってくれたのは“ライナス”だし、ブレンダンさんに一生懸命お願いしてくれたのも“ライナス”だし、側にいてやるってホラを吹いたのも“ライナス”」
「仕事が仕事なんだ。仕方ねぇだろ。それにあれはもう……」
「“ライナス”が大事にしてるから、頑張ってロイドさん止めようと思ったんだよ。頑固すぎてムリだったけど」
あーあ、と彼女の中の後悔にしては軽い嘆息だ。これも友人が言っていたように、見えないだけなのか。だとしたらライナスには知りようがない。掛ける言葉も正直なところ、持たない。
「まぁ一人ぼっちなのよ。だからロイドさんが気にかけてくれるんだと思う」
「違うだろ」
ライナスの否定には特になにも言わずに、静かに笑う。その実がどちらでも構わない、と言っているようにも思えて、ライナスは心底複雑な気分になる。苛立ちすら覚えた。
手が届いてしまったのが悪かった。届かなければ何も変わらなかった。
「……そういう雰囲気出してた?」
椅子から中途半端に腰を持ち上げた状態で、立ち上がることも座ることもできない体勢だ。崩さずにいられたのは、ライナスの肩を掴めたからだろう。
腰に回る大きな手が臀部に下りて、ぐいとひかれる。胸に彼の顔が埋まりそうになるのを、ついた手に力をいれて阻む。
「膝に乗れよ」
「ライナス、」
「乗れって」
大きな声ではなかったが、ライナスの物言いにはびくりと震える。いつも遠い顔の位置が、近い。睨んでいるのか、元々なのか、いつもの雰囲気とは違うことだけは、判る。それがひどく自分を怯ませて、異を唱えることができないでいる。
ライナスの口角がつり上がった。
「なにわら……っ、ん」
がライナスにキスをされたのはそれが初めての事だ。驚いて身を引こうとしても、当たり前のように服の中を手が這い、つぶれるほど胸を片方だけわし掴まれる。手の中で馴染む感触を楽しむように揉みしだかれて、抜けるような吐息が不意に漏れてしまう。固くなり始めた先端をくるくると人差し指が弧を描いて撫で、時おり爪先が引っ掻いてくる。流されてはダメだ、と腕を突っぱねるがビクともしない。
「ら、ライナス。まっ……て」
「……あ?」
「こういうのは私じゃない方が」
「お前しかいねぇだろ、ここには」
‘‘ここ’’というのがどこまでを指しているのか。
彼女の焦りはたしかにライナスに向けられている。他の誰でもない、彼にだ。
「お前の前にいるのも俺だ。分かってるよな?」
が息を呑むのが分かる。手の力が少し緩むのだから納得したのだろう。
いなせる程度の抵抗など振り払えばいい。そうしないのなら同意も同然だと、ライナスはの上半身から服を引き抜く。さらけ出された裸体に唇が自然と吸い寄せられる。乾いた唇で少し湿った肌を撫で、曲線に舌を沿わす。びくりと震えるは、今さらながらだろうに顔を逸らして、きつく目を閉じていた。
女の扱いはあまり得意ではない。体が小さく、弱く、加減にいつも戸惑う。だが行為はまた別だ。その気になってさえしまえば、反応するのは容易い。の股を下から硬くなった雄で刺激すると、無意識ながらに腰を揺らして押し付けてくるのだ。健全な男として反応しないわけがない。
ライナスにしてみれば、多くの女性は小さく感じるだろう。長身に見合う筋力が彼にはある。の体を持ち上げることなど造作もなく、側のテーブルの上へ転がした。
「……背中痛い」
「少しだ」
「なに、がっ……ぅ!ぁ?」
文句をいえるくらいならという安心感はあった。嫌だというなら今も抵抗を続けていたに違いない。それを聞き入れてやれるかは別としても、そうでないのが事実としてここにある。
だから、下衣に手を伸ばすのも、それをはぎ取るのも当たり前なのだ。身構えられるよりも先に、うすらと湿る割れ目に指を突きいれる。隙間なく埋もれるそこをほぐすように、内壁を押し広げ、腹部側にあった突起部を見つけて擦ると、の腰が浮く。指を増やしそこを執拗に撫でていると、中から透明な愛液がさらりと溢れ、ぽたぽたと床を濡らした。
足の筋肉が弛緩していて、頃合いのようにも思える。前を寛げて、濡れ光る淫部に先を宛がい、少し腰を押しつける。引っ掛かりが強い。が、もう一度手に掛ける余裕はない。亀頭を柔らかな肉壁が包んでいた。狭い。少しずつ中へ侵入を果たしているのに、そのたびに強い愉悦がそこを中心にして広がる。逃げそうになる腰を、両足を抱えて押さえ込むと呑み込まれるように根本まで沈んでしまった。
「……ッ、は……キ、ツ…」
「あ、あ……、」
ぎちぎちと寸分の隙間もなく重なり、余裕がない。膝裏に腕をもぐり込ませ、の臀部を抱えあげる。そのままライナスが椅子に腰かけると、自重から根本以上に奥に入り込むのか、がすがるように抱きついてくる。
「お、奥が……、ぁ、う……っァん!!」
緩く前後にの体を動かすだけだ。それでも彼女の体に比べて、だいぶ大柄なライナスの持つ雄というのは暴力的な刺激になるらしかった。体を横たえているならまだ逃げられた。足が床に届かない体勢では、頼みの綱といえばライナスしかいない。その彼に翻弄されているのだが──。
びり、と快感とは違う。これは痛みだ。ライナスの太い首に強くしがみついて、少しでも良いからと腰を浮かせばマシになった。それなのに、その空けた部分に代わりに湧きあがるものがある。体が熱い。都合のよい体だった。
「よくなってきたか?」
「ん、ぅん……、あぁ!……っイ、ィ……」
が熱っぽく訴える。キスしても良いかと。抱きつく力が弱まるのにあわせて、ずるりと再びの奥をライナスの切っ先が押し上げる。痛みは薄れていて、その痛みすら心地よいものと思えるものになっている。
すぐそばにある熱っぽい唇に応えてやると、満足したように舌を絡めてくる。こうした積極性を持っているわりに、うじうじしたところが目についてしまうから腹が立つのだろうか。自分にはまるで関係ないというのに。
—大きく揺らして、何度も膣内を行き交う。そのたびに大きく張り出す先がずるずると、それも入り口から奥までを掻いて最後に子宮口を叩く。何度も何度もだ。
「は、あ……っん、ん!」
ぎゅうとが抱きついてくる。臀部を強く引き寄せると、なにをしたらそう強く締め付けられるのか。小さな体をびくびくと痙攣させながら、内部もまた搾るようにキツさを増す。だからライナスはの体をテーブルに乗せて、くたりと余韻に浸る彼女をそのままに自分本位に腰を押しつけるのだ。「ダメ」だの「まだ」だの、聞いてやる気にはならない。
テーブルの揺れる音と、肉の打ち合う音と、激しさを伝える粘着性のある音が混ざって、雨の音を打ち消す。上がる息に巻きつくように、果てが競り上がってきている。テーブルの縁をつかんでこらえる細い指が白い。暴れたそうな足を捕まえて、落ちきっている子宮を叩く。不意に自身の陰茎が大きく膨れる。急いで引き抜くと同時に、白濁とした精液が漏れでての内股と床を汚した。
「……」
かすれ気味の声で名を呼ばれて、おもむろに視線をやる。まだ呼吸が整わず、荒い。
なに、と待っていてもライナスはなにも言わない。ただ、じっと見下ろしてくる。居心地が悪い。ああ、服を着ないと。背中と腰が痛い気がするのを、頭の隅に追いやってのろりと体を起こす。顔が近い。当たり前のように唇があう。嫌ではない。けれどもやはりライナスはなにも言わなければ、気まずそうに顔をそらす。それはない、とが彼の顔をつかんで、自ずから唇を合わせたのは言うまでもない。
「ライナスだって、見てよ──」
罪悪感のようなものがあって、このままではいけないとはっきり自分が警鐘を鳴らしているというのに、自嘲を含むの言葉に、ライナスは答えてやりたかった。