いまを君にあげる
ぴか、と一瞬光る。少し経って雷鳴の音が響いた。体の中にまで刺すように音が伝わるものだからは恐怖した。
自分の世界のように避雷針などというものがこの世界にはない。背の高い、葉の繁る高い木が周りには生えていたが、雷の鳴る今、そこに雨宿りするには危険があった。何となく雷も近づいてきている気がして、宿舎へそのまま走るよりもふと目についた小屋で雨足が弱まるのを待った方がいい。本能的にそう判断して、走る速度を緩めずは小屋に飛び込むようにして入った。
「うわー。見事に濡れた」
誰に言うでもなく不満を口にせずにはいられなかった。
下着まで濡れてしまって気持ちが悪い。張りつく服を少し寛げて、同じく濡れてしまったタオルを取り出す。訓練で汗をぬぐうのに用意していたものだ。濡れてしまっているが、絞れば体を拭くくらいはできるだろう。
「か?」
ボタンを二つほど外したときだ。部屋の奥の暗がりから人が出てきたのは。黒い雨雲のせいで小屋の中は薄暗い。体がびくりとふるえたが、馴染みのある顔にはあからさまに安堵した。
「降られたのか?」
「それはもう盛大に。ロイドさんは……」
「俺はギリギリだ。ここがなけりゃ同じように濡れていただろうな」
ロイドはコートのみが濡れたのか、ほどひどい有り様にはなっていない。なにせ彼女ときたら衣服がピタリと体に張り付いてしまって、その体型を強調させているのだ。
「ちょっと奥で水気とってくる。あんまり意味無さそうだけど」
水滴をしたたらせ続けるよりはまぁマシだろう。とブーツを脱いで、先程ロイドが出てきた方へ、床へ足跡を残しながら消える。
「参ったな……」
ぼそりとぼやいたのはロイドだった。窓の外を見れば、大粒の雨が窓を打ち付けている。雲も黒いままでまだ当分はやみそうにない。自分がいなければ濡れた服を着ないで済むのだろうが──。奥の方には自分が見た限りでは何もない。物置小屋なのだろうが、そう使用頻度がたかいものではないらしい。ロイドのいる場所には辛うじて、食事用に用意されているテーブルと三脚ほどの椅子しかなかった。
正直、目の毒であった。妙齢の女性の艶めいた姿は男の欲を強く刺激する。そこに彼女の気持ちは関係ない。
「ロイドさーん。薄着になったらヤバイ?」
「保証はしない」
「ですよねー……」
後ろの方で、少し間延びした調子でそんな言葉を投げられるものだから、ロイドは正直に答えざるを得ない。泣かれてしまうなら自制は働くのだろうが、よくわからない。彼女がそれをよしとするかもしれない。しないかもしれない。
ロイドとの仲は至って普通だ。仲間であり以上も以下もない。顔を合わせれば挨拶をする。食堂でタイミングが合えば食事をする。酒も飲む。賭け事もした。ただやはりそれだけの仲でしかなかった。
「うひぃ、濡れた服ってきもちわる」
「……」
「そうは言われましても。私も雷には打たれたくないので」
ごめんね。とが悪いわけではないのに小さな笑みを浮かべる。そして心のこもらない謝罪がある。あんなことを聞いておいて、戻った彼女の服は簡単に折り畳まれて腕の中だ。タンクトップと、下着が見えないようにと女剣士の服装にしては珍しく、剣士の特徴的な服装の下に丈の短いズボンを穿いていた。生足がよく見える。
「……聞いた意味があったのか?」
「目に余る視界の毒なら奥に引っ込んどくけど」
「いやそういうことじゃない」
「分かってるよ」
の言葉には抑揚がない。誤解を与えたのかとロイドが言い直そうとすれば、分かっていると言う。厄介だ。
「頼むから煽るな」
まだ自制できる範囲だとロイドは知っていた。知っていたが、近付いてしまう。妹にするように頭を撫で、「大人をからかうな」と軽口の一つでもたたけば、空気が変わるはずに違いない。はずだった。
黒い髪が濡れているせいか艶が濃い。わずかに重みを加えたそれに触れようとして、がふいと避ける。そのまま窓の方へ歩いて距離をとる彼女は、「やまないねー」と呑気だ。ただ垣間見えた細められた瞳が鋭い。煽られているのは明白で、決めるのは自分だった。
距離を詰めて顔を掴む。そそのかされたわけではない。
「ん……っ、」
触れあった唇をゆっくりと離す。そこに泣き顔があればよかった。止まれた。
「いいの?」
「男が言うセリフだ」
一瞬、きょとんとしたものの、は笑う。
「無理してない?」
「……俺だと不満か?」
「願ったり叶ったりだよ」
そしてうわべだけでやはり笑うのだ。細やかな、正当な理由は必要ない。自分も彼女も必要としていない。それくらいには年を重ねていて、割りきることは可能であった。
雨がやむまでは動けない。その間のひまつぶしだ。そもそも、合意の上ならば問題など生じ得なかった。感情がそこから抜けていたとしても。
壁に押し付けられた細い腕は抵抗の色を見せない。互いを煽るだけの深い口付けを交わす。舌の絡まる音が、上がる息が雨音を消す。
ぽたりと髪の毛先から滴が落ちた。顔の曲線を伝い、首筋へと流れるそれをロイドの唇が追いかける。ところどころに軽く吸い付いて、すぐに消えるような薄い痕を残すのは彼なりの配慮だろう。
水を含んで張り付く服の中へ手をすべりこませる。ひやりとしていた。
「寒くないか?」
「ん、だいじょうぶ」
自由になった手がロイドの肩におりる。親指がいたずらに彼の首筋を撫で、続きをせがんでいる。自制などと今ならバカらしくも思える躊躇いはもうない。
服をたくしあげる。ふるりと視覚からでも柔らかさを伝える胸を、大きな手が下からすくうとすでにとがりかけた先端が上向いて、そのままロイドの口の中へと消えた。じゅうと吸っておきながら舌先が潰そうとする。ピリ、と小さく電流が走っては唇を噛み締める。するとロイドは自身の指をくわえさせて、それを咎めた。
「っ……ふ、ぅ……んむッ、は……ァ」
肌の感触を楽しむように体を触れる手が、下半身の下衣をやや強引にずり下ろす。割れ目を何度か撫でて、くわえさせていた指をおもむろに挿す。唾液で濡れていたとはいえ、周りの肉壁との間に生じる摩擦が強い。異物でしかないのに、小さく出し入れを繰り返していると、とろりと膣壁から蜜が溢れ出た。
たまらない感覚だ。はうっとりとした表情でロイドの顔を両手で包んで自ら口付ける。わざとらしい音を立てながら舌を絡めていると、一瞬抜かれた指が仲間を伴い、再び膣内を犯した。二本の指が内部のざらついた壁をこする一方で、親指がぷくりと充血した花芽をぐりぐりと押しつぶす。新しい快感が覆い被さって、思わずはそれから逃れるべく腕を突っぱねるが、ビクともしない。いや、逃げることを許さないように体に絡む片腕がきつく縛ってくる。
「ぁ、あっ……ろいどさ、ん!……アアッ!」
じゅぷじゅぷとした音が抽挿の激しさを物語って、中を掻き回す刺激と、ぐりぐりと変わらず外からの刺激を受けて腰が浮いてしまう。もう逃げるよりはすがっていたい、きたる波にが喘げばロイドがその口を塞ぐ。与えられる刺激に声を出して少しでも熱を放出しようとしても、ロイドの唇は追いかけてきてすぐに塞いでしまう。強く壁に押し付けられる。
「ンッ、んっ、……!!」
一瞬ふわりと体が浮いた気がして、気が付くと足が震えていた。ぽたぽたと音がする。内股にも伝う温かいものが何かを知って、「ごめん」とはロイドの肩口に頭をのせて呟いた。
「まだへばるなよ」
ロイドはぐったりとしたを抱き抱えると、傍らの椅子に掛けて干してあったコートを無造作に床に敷く。木の床に裸の女を寝転ばせるのは気が引けたのだろう。
「汚れるけど……」
「洗えば済む。手伝ってもらうぞ」
最後の一言は冗談だったのか、ロイドの薄い唇は弧を描く。そのまま反応を見ることもなく、を座らせて、着ていたシャツを脱ぐ。息が僅かに上がっていた。期待が感覚を急かしていて、柄にもなく声が弾んでいた。ようやく前を寛げて覆い被さる。合図する時間すら惜しく思って、秘部へ宛がい位置を確認すると、一息に突き入れた。
「あッ……あ……んンッ!」
「はっ……、…、」
ぎゅうと肉壁に捕らわれて、ロイドの端正な顔が歪む。たまらない射精感に捕らわれているのを何とかいなし、うねり続けるそこへ腰を押し付け、馴染むのを待った。するとの足が腰へと絡められる。ゆるく動いて、張り出している雁首が中を引っ掻きはじめると、多少控えたよがり声が漏れる。じゅうぶんに彼女は乱れていると分かっていたが、少し物足りない。自分が望む通りに彼女は揺さぶられ、乱れているというのに。
こんなことをしているのに、がロイドに触れる手付きはどこかぎこちない。どこまで甘えても良いのか分からない。恋人のような甘い言葉は不要だが、夢は少し見たい。
体内から熱が生じて、の肌がほんのりと紅く色付く。冷たさなどとうに消え失せていて、汗が浮かんでいた。
ぐ、と顔が近づき、耳元で囁くように掠れた声で問われ、震えた。
「寒く……っ、ないか?」
「ア、ああ……っん、は、ぁ!…………ンッ」
熱さだけがあるのを分かって訊いてきたのか。やまない律動に体を揺さぶられ続けて、思考が散らばる。わざとなのかと思うほど、先程から痺れそうな快感を与えられていて、返事などできなかった。
ロイドの顔が遠退いて、同時に与えられていた快
感が消えてしまう。散らばった思考が糸を引くように手元に戻ってくるのだが、息が上がっているせいでやはり返事は出来ない。足を不意に抱えあげられて、くるりと横向きにされたかと思うと視界が瞬いた。
「ひ……ッぁ」
先程とそう変わらない位置にロイドの顔があるだけだというのに、繋がり自体は深くなっている。子宮口をぐりと先端が押し付けていた。初めてなら痛かった。痛かった記憶がある。もう過去のことだ。
「お、く……っすき、」
すぐそばにあるロイドの腕に手を伸ばして、強い刺激をねだる。そうした自分本位な欲に彼はよく付き合ってくれた。より固くなっている陰茎を抜けんばかりに引いては、それ以上ないほどに奥を突く。がちがちに固く、上向いたそれが膣内の壁を強くえぐるとあまりの悦に声を出さずにはいられない。それがひっきりなしに続くのだ。の唇は唾液も相まって艶めいた。結合部からはもうどちらとも知れない白く変じた体液がしきりに溢れて、敷かれたコートを汚していた。
「あ、あッ……、ろいどさ、んっんん!……ぁあ!だ、めッ……!」
熱い。頭の中が与えられる快感一色に染まって、自分がなくなりそうになる。熱にとけて自分という人間がきえる。そんなことはないと解っていても、ひどく苦しい気もして、拠り所が必要だった。
同じように汗を浮かべ、いつも以上に熱くなった、自分とは全く違った造形をしている体へ触れる。一瞬、びくりと反応したようだったが、好きにさせてくれている。安堵して、気を抜いた時だった。
視界が白一色となって自分という感覚が消えてしまう。それでもが自分を取り戻したのは、ロイドがはち切れそうな陰茎を引き抜き、彼女の内股へ熱い迸りを何度か吐き出したからだった。荒い呼吸を繰り返している。けれどもつらさの代わりに心地よい気だるさがあった。
ぐったりと惚けていると頬になにか触れた。すぐには反応できなかったが、優しく口を塞がれるのだからなにかは分かってしまう。経験がそうさせているのだとしたら、と考えたが彼も当たり前に男なのだからと至れば納得できた。
「雨、やんでないね」
「最初からこうしてりゃ良かった」
現実に戻れば相変わらず窓を雨が激しく打っている。その場でゆるりと体を起こすと、がばりと服を引っ掛けられた。
「嫌だと思うが、風邪を引くよりはマシだろ」
「ロイドさんが風邪ひいたらライナスがうるさいのに」
「そんな柔じゃないぞ」
男物の大きな服に袖を通せば、ぶかぶかとして不恰好だ。
「可愛いな」
「ロイドさん。それはキザ、かも?」
「言うなよ。今自分でもそう思ったんだ」
素直にならないのは、彼女なりの防衛線でロイドも承知している。そうして隔たりを作っているくせにはゆるりとロイドに身を寄せるのだ。
「はズルいな」
困ったように笑うが離れもしないを、ロイドは抱き締める。束の間の関係だった。